隠れた担任不足
その1 人数がそろっていても
中学校ではクラス数と教科ごとの授業時数、そしてその教科に配属された教師の人数によって、どの教科から何人担任ができるかが決まります。ですが、誰が担任になるかを決めることが年々厳しくなっていると感じます
僕が教師になった40年ほど前は生徒も多かったですがその分教師の数も多かったので、担任できる教師の人数はクラス数を上回っていました。だから学年所属が決まったら担任できる教師が集まって話し合いをして決めたことがあります
「初めての担任がしたいです」
「今回は若い先生に譲るよ」
「今年退職するから担任をしたい」
そんなやり取りで担任が決まってたんです。今はクラス数に対して担任ができる人数に余裕がなく、こんなやり取りはほぼなくなりました
さらに担任ができない理由を抱えた教師がいます。例えば親の介護をしているので担任はできませんという教師。朝デイサービスに送り出す関係で勤務時間ギリギリに出勤し、定時になればすぐに退勤しないと家でのお迎えに間に合わないので担任はできないのです。
他にも不妊治療に取り組んでいる教師。お子さんが難病で入退院を繰り返している教師など、担任ができない理由はたくさんあります
家族のつながり方とか考え方、経済的な事情などをよく知らない周囲の者が軽々しく意見を言えません。表面的にはそうは見えなくても、心の中ではいろんな事を気にしたり迷ったり苦しんだりしている可能性もあるからです
具体的な理由を話さない教師もいます。例えば異動してきたばかりの表情がこわばっている教師が、理由は言わずにただ担任はできません と言うことも
もしかすると前任校で何かがあったのかもしれません。セクハラ、パワハラなど可能性が考えられるものはいくつもあります。それを無理やり聞き出すことは心の傷をさらに深めるかもしれません。事情を把握しているはずの校長も何も説明しません。個人情報ですから当然のことですが、そのことが逆に何かがあったことを示している可能性があります
「担任ができないなら教師を辞めたら?」と考える人もいるかもしれませんが、それぞれの事情を抱えていながら授業を支えてくれている方でもあるんです。もしも本当に辞めてしまうと代わりの講師は見つからず授業が成立しなくなるかもしれません。
ある教科の教師が足りないから、別の教科の授業を増やすなんてことはできないのです
このように教師の欠員がゼロの学校であっても、担任不足が隠れている学校はあります。各校に配置する教師の数を増やしてほしいと考える理由のひとつです
その2 無理に無理を重ねて
様々な条件が重なって担任できる教師が足りなかった時に「事情はわかりますが、他に担任ができる教師がいません。フォローしますから何とかお願いします」と校長が中心になって「担任にはなれません」と言う方を説得する可能性があります。でもその方が学年のフォローに期待して説得を受け入れ、担任を引き受けたとしても実際には周囲の教員にフォローをする余裕はそんなに多くはないのが実情です
4月の段階で周りの教師たちが「フォローするぞ」という気持ちでいたとしても、学校というところは様々なことが突発的に発生することがあります。できるだけ速やかに解決できるように初動で聞き取りなどを丁寧にしますが、それでも解決まで時間がかかることもあります。その対応中は連日遅くまで学校に残ることもあり、フォローどころではなくなってしまうかもしれません
またその担任教師の学級経営の考え方や進め方を確認しないまま、良かれと思ってそのクラスで担任とは違う指導をすると担任に対して、また学校全体に対して子どもたちが不信感などを持ってしまい、ますます担任の指導が困難になるかもしれません。だから決めつけや思い込みで勝手な指導はしてはいけません
そんな指導のズレや行き違いがおきないようにするためには確認や打ち合わせが必要になりますが、それは心理的、時間的な余裕を削ってしまいます。心の余裕が削られたところに「○○はどう進めますか?」と問われるとプレッシャーにしか感じられない可能性があるし、すぐに答えられない自分が嫌になってしまうことも
「〇〇はこうするといいですよ」といった周りからのアドバイスも心の余裕がないとうまく受け止められない可能性があるし、かといってアドバイスが何もないとすれ違い感や孤独感を生じさせてしまうことも
これらは大きなダメージになりやすいのです
フォローをする側にもフォローを受ける側にも余裕がなければ、フォローって簡単ではありません。でも担任する教師の確保でさえ苦労している現状では無理だと思います
このような状況を解決または少しでも改善するために、教師の仕事量の軽減と、各校に配置する教師の数を増やすことが必要だと思うのです
その3 4月の忙しさの陰で
中学校ではクラス数と教科ごとに決められた授業時数、そしてその学校の教科ごとに配属された教師の人数によって、どの教科から何人担任ができるかが決まります。ですから状況によっては全員が担任をする教科もあれば全員が担任できない教科もあったりします
ある教科に教師が4人いてそのうち2人が担任をしなければならないとします。家庭や個人の事情などがあって担任ができない教師が2人いれば、残りの2人は担任をすることになります。担任できる人数がギリギリなのでほぼ自動的に担任確定なのです
でも実は担任要員2人のうちの1人は前年度の担任したクラス内のトラブル対応などで精神的に疲弊しており、まだ回復できていなかったのでその年はできれば担任をはずれたいと思っていたとすればどうでしょう。家庭や個人の事情がある教師に代わってほしいと言えるわけもなく、他の教科にも担任ができる教師はなかなかいない
学年所属も担任も職員会議の話し合いで決めていた昔と違い、今は4月1日の段階で誰が何年生に所属し、担任は誰がするのかを一覧表にまとめた案を発表するようになりました。校長・教頭からの原案を運営委員会とか主任会議などと呼ばれる組織で検討した案を提出することで職員会議の時間を短縮し、年度初めの教師にわずかでも余裕を生み出そうという目的です。さらに家庭や個人の事情を抱えている教師の「個人情報」をオープンにしないためといった目的もあります
僕が勤務していた市では4月1日に新年度がスタートして7日に入学式、8日に始業式という流れが基本で、その途中のどこかに土日の休みが入ります。新しいクラスに関するこまごまとした作業はいっぱいあるし、新年度すぐにやるいくつかの行事や授業に関する準備も必要だし、初任者や転任者と情報共有を進めることも必要。こんなとんでもない量の仕事を進めるのは大変なんです
そんな状況の中「心が回復していないので担任をはずれたい」と言えば予定外の会議を開くことになるので、学校全体の仕事の準備などがストップしてしまいます。だから「自分がしっかりすればいいんだ」とか「今年は去年のクラスとはメンバーがちがうからきっと大丈夫」などと自分を納得させて担任を引き受けます
心の回復は時間がかかるだけではありません。例えば指に小さな切り傷ができたとき、その傷に何かが当たると普段ならどうってことがないのに痛みを感じますよね? 傷は完全に回復するまで刺激に対して敏感になるのです。それと同じようなことが心の傷でも起きます。担任クラスの中の些細なことや聞こえてきた言葉が原因で痛みを感じてしまいます
「気にしなくても大丈夫」とか「気にしすぎでは?」などと周りから言われても、本人にしてみると痛みを感じているのですから気になってしまいます。繰り返される痛みに耐えきれなくなって、やがて心が壊れてしまい・・・
このような形で隠れた担任不足の状況が明らかになる学校は、意外とあるのではないでしょうか。学校に教師を増やすこと、同時に教師の仕事量を減らすことをお願いしたいです