「当たり前のレベル」を高く!

学級通信を何枚も出す理由

 修学旅行の前にも連日のように学級通信を出していましたが、文化祭の前にも同じような状態が続いています。その理由のひとつは、大きな行事である修学旅行も文化祭もしっかり成功させたいと思っているからです。
 体育祭は運動能力などの影響が大きく、努力しても結果に結びつかないことがあるんですが、修学旅行も文化祭も努力次第で結果は大きく違ってきます。しかも、その準備段階での取り組む「姿勢」や「経験」が、その後の「生き方」にまで影響してくることもあります。だから、そのために少しでも役に立てられれば。そんな願いを込めて用意しているのです。
 さて、今回の学級通信は、去年の今頃になりますが、ネットで見つけた記事を紹介したいと思います。少し量が多いのですが、一部をカットするのもちょっとなぁ、ということで全文掲載することにして、そのかわり裏に印刷しておきました。また、2013年の記事なので、所属する球団とか年齢などが現在とは違っていることを念頭に置いて、読み進めてください。

※裏面には 高校野球で有名になった二人が その後大きな差が出たことを題材に「自分は一生懸命やっていると思っていても、「当たり前」のレベルは違い、小さな積み重ねの差が5年後、10年後には圧倒的な差になっていく」ことを説明した記事がありました。

自分たちのクラスに当てはめると

 読んでもらった記事の内容を、文化祭に向けて取り組んでいる自分たちのクラスに当てはめて考えてみるとどうなるでしょうか? 様子を見ていて、「当たり前のレベル」が低いと感じる人があちらこちらにみられると僕は感じるのですが、どうでしょうか?
 「たかが中学校の文化祭やねんから、適当にしておけばええやん」などと考えるのでは、もう勝負になりません。こんな行事の時にさえ全力を出し切れないとしたら、これから先の結果は見えてきます。全力を出し切るためには、目標をもっと高く持たなくてはいけないということです。良い結果につなげるために、何ができるか考え行動する「態度」や「姿勢」を大切にしなければならないということです。
 また、周囲の人たちとのコミュニケーションを大切にして協力して取り組むことも、きちんと民主主義のルールに従って決まったことであれば、たとえやりたくないことであっても全力で取り組むことも絶対に必要なことです。そういう一種の「能力」を身につけることができなかったために、超一流の大学を出たのに就職できない人がいるという現実があったりします。これもネットで見つけた記事を裏に掲載しておきました。(スペースの関係でこちらは抜粋ですが)
 修学旅行や文化祭などの行事は、こういったことを学習し、経験するための修業の場であるとも言えるのです。だから、みんなには頑張ってほしいのです。

※裏面には 東京大学を卒業しても コミュニケーション能力などに問題があって 就職できないことがある という記事がありました。

学校生活を振り返ってみよう

 文化祭の取り組みだけじゃありません。学校生活もぜひ振り返ってほしいです。まず、授業中の態度はどうですか? 
 先日、国語の授業で古文の暗唱がありましたね。国語の先生に伺うと2組はすごく早く進んだみたいで、それはみんなが努力をして覚えたからだと思うのですが、より高いレベルを目指してもっと長い暗唱に挑戦する人が少なかったとも聞いています。もしかしたら、最低限のところで安心してしまったのか、しんどいことから逃げたのか、周りにどうみられるか不安になったのか。今さらどうしようもないですけど、もう一歩上を目指す姿勢がほしかったなぁと思うのです。

 また、朝学の時に、答えを書き終わったらさっさと朝学のファイルを片付ける人がいます。自分さえ問題を解き終えたら同じ班の隣の人が白紙に近い状態でもほったらかしでいいですか? 周りが朝学ファイルを片付け始めた様子を見て、ほとんど何も書けていないのに一緒にファイルを片付けてしまう人もいます。その場をうまく誤魔化して済まそうというような態度に見えますが、これは「当たり前のレベル」以前の問題かもしれません。
 朝学の意義だとか効果については4月にきちんと話をしました。もうすでに忘れているのでしょうか? いろんな面で大きなプラスの効果があるから、ずっと朝学習に取り組んでいるのに…。そして、巡り巡ってクラス全員にとってもプラスになるのに…。
 集団の質という観点からすると、こういった状況はよくありません。ここでももう一歩上を目指す姿勢がほしいです。