修学旅行 シミュレーション物語 その1

 シミュレーション物語は、修学旅行の前に事前学習用ですと説明して生徒に配布したものです。
 その目的はいくつかあります。ひとつめは、当日のプログラムの内容と流れを把握してもらうためです。しおりを配って説明していても覚えていない生徒は多いんですよね。だから当日に何度も「先生。次は何をするんですか?」と聞いてきます。少しでも自分で考えて行動してもらえるようにするためです。
 ふたつめは、修学旅行に行く前に不安を感じる生徒は少なくないことです。楽しい文章を読んでもらうことで、その不安を減らしたいと思ったのです。
 みっつめは、ルールを紹介したりルールを守っている様子を書き込みことで、そういう印象を持たせて、みんなが嫌な思いをせずに楽しもうとする雰囲気を醸成することです。
 よっつめは、保護者に修学旅行のプログラムの内容を、伝える目的です。修学旅行の参加費用は、複数の業者に見積もりを出させるなどして抑えようとしていますが、どうしても家庭への負担になってしまいます。このシミュレーション物語を読んでもらうことで、納得していただけるようにしたいと思ったからです。
 どこまで効果があったのかはわかりませんが、1年生の宿泊学習から修学旅行まで3年連続で書いた学年では、とても楽しみに読んでいた生徒は多く、事前にシミュレーション物語を配られることが当然だと思い込んでいた生徒もいました。中には、このシミュレーション物語に刺激されて、架空の物語を書き始めた生徒もいました。

 なお、登場人物の名前は、その学年にかかわる先生の名前を使っていましたが、ここでは別の名前(仮名)に変えてあります。

第1章 集合

 なんでこんな日に出発なん? 今日は日曜日やで。そのせいでプリキュアも笑点も見られへん。中学3年生やねんから勉強しなさいと言われそうやけど、好きやねんもん。めっちゃおもしろいし。しかもこんな時にDVDレコーダーの調子が悪くて、録画もできないという不幸のどん底にいる私。一生うらんでやる。
 さらに、今年は3年間で一番遠い長野県の北の方まで行くから、なんと集合時間は朝の6時45分!! 5時30分に起きて家を出たのは6時20分。もう、めちゃくちゃ眠たい。でも、修学旅行は2泊3日もあるから、心のどこかではやっぱりウキウキした部分があって、学校に着いたころには不幸な気分は消えていました。(自分でも思います。なんて単純なんだろう!)
 今年もクラスに1台ずつバスが用意してあって、今年はバスガイドさんもいるらしい。2年生の時にもクラスに1台だったけどバスガイドさんはいなかったから、さすが修学旅行って感じです。他に、修学旅行が今までの宿泊学習とちがうところはなんと言っても「お菓子」OKというところ。金額は決まっているし、ガムなど一部持って行ってはいけない種類があったりするけど、やっぱりうれしい。
 阿部君は、決められた金額以内というルールをムダなく活用できるように、ゴールデンウィークから新聞のチラシ広告をチェックして、少しでも安い店を探して買いだめをしていたらしくて、大きなかばんにいろんなお菓子をたっぷりと詰め込んでいるんだと、とても嬉しそうにしゃべっていました。そのお菓子に対する情熱と努力を、勉強の方にもむけたらいいのに。ずっと同じクラスだけど、中学校に入学してからの成長の跡がぜんぜん見えないヤツだな。もう中学3年生なのに…

第2章 セーフティートーク

 バスは7時20分に出発。途中、伊吹PA、阿智PAでトイレ休憩。梓川PAで昼食をとって、14時にラフティングに挑戦する長野県の犀川に到着しました。ここから各クラス6艇のゴムボートに分乗して川を下るのですが、バスから見た川はたいしたことがないように見えます。しかし、先にバスを降りて川を見た人たちがフリーズしています。実際に見た犀川の川幅の大きさと流れの速さに思わず立ち止まってしまったようです。『水の量、多くね?』と誰かがつぶやいています。
 私も犀川の流れを見て『ほんとにこの川を下るの?』って思ってしまいました。川下りということで、のんびりした雰囲気をイメージしていたのに、実際の犀川はずいぶん違いました。周囲の山々から雪解け水が流れ込んでくるので、下流に進むにつれて、水量はさらに増えるらしいです。『水温も低そうやし、こんな川を下って楽しいの?』というのが正直な気持ちです。
 とりあえずトイレを済ませて、水着と体操服に着替えて、さらに上からウェットスーツを着ます。靴もぬれてもよい靴に履き替えてヘルメットとライフジャケットを受け取るんですが、頭や身体の大きさに関係なく、適当に持って行こうとした伊藤君が注意されました。『我々ガイドには君たちの命を守る義務があります。だから、こちらの指示に従えない人は、ラフティングに参加させるわけにはいきません』とまで言われて、伊藤君は「すいません、すいません」を連呼しながら、あせり気味にサイズの合うものを選びなおしていました。
 ようやく準備を終えて班ごとに整列すると、一緒に川を下るガイドさんの紹介がありました。顔がひげだらけの男性もいるし、笑顔がとてもさわやかな女性もいます。日本人らしき人が多いけど、どう見ても外国の人にしか見えない人もいて、けっこうバラエティに富んでいます。いろんなガイドに連れられて、班ごとに少し移動してヘルメットとライフジャケットの正しい着用方法、パドルの正しい持ち方と使い方、ゴムボートについてなどの説明がありました。ゴムボートの周囲には、乗っている人がつかまるためのロープがセットされています。また、ゴムボートは特別な素材で出来ているから少々岩にあたっても破れないし、ゴムボートの空気を入れる部分はいくつかのブロックに分けてあるから、仮にどこかが破れたとしても他のブロックには空気が残っているので、沈むことはないと聞いてずいぶんと安心しました。
 ただ、流れがきついところは、ガイドの指示で全員そろってパドルをこぐんだけれども、同じボートに乗っている人の気持ちがバラバラでそのタイミングがずれたり、パドルの操作を失敗したりすると岩などにぶつかってしまい、いくら沈まないゴムボートでも転覆してしまう可能性はあるという話が出て、さっき安心した気持ちがちょっと不安モードになりました。みんなも同じ気持ちみたいで、チームとしてひとつになるためにパドリングの練習はすごく真剣に取り組んでいました。
 さらに、ゴムボートに乗るときの正しい姿勢、誰かが川に落ちた時に落ちた人はどうするべきで、ボートに残った人はどうするべきか、落ちた人をボートに引き上げる時にはどうするか等、長い時間をかけて説明や練習が続きました。これを専門用語でセーフティートークと言うんだそうで、より確実に安全なラフティングをするためには大切なことなんですね。

第3章 ラフティング

 セーフティートークとパドリングの練習が終了したクラスからゴムボートをみんなで担ぎ、犀川へと向かいます。いよいよ出発です。出発地付近の川の流れはまだおとなしいんだそうですが、それでもみんなの顔はこわばっています。『おとなしい? これでそうなら この先は?』とか『わたしたち 生き残れるの? どうなるの?』なんて「友蔵こころの俳句」みたいなのがたくさん詠まれているのでしょう。写真屋さんがカメラを向けても、引きつった笑いしか出てきません。きっとその写真に題名をつけるなら『緊張』とか『不安』だろうな。私たちの班も、ドイツ人ガイドのフランツだけがやたらと元気です。
 私たちの班は、担当してくれるフランツとうまくコミュニケーションできるかどうかも問題です。ドイツ語を話すフランツと日本語を話す私たち。共通言語は英語。そのおかげで、お互い同じレベルの英語でやり取りしますが、川下りに関する単語なんて習ってないぞ! などと心配しているうちに、ついに出発してしまいました。でも、ゆっくりとはさせてもらえない。急流に着く前に、パドリングの最終的な練習をしなければならないからです。
 急流帯に突っ込む時にロープにつかまる練習。右旋回、左旋回。前進、後退。フランツの指示で、みんな一生懸命にパドルをこぎます。隣のゴムボートでは先頭に陣取った海野さんと木下さんが、猛烈な水しぶきと大声を上げながらパドルを操作しています。すごい迫力です。二人は、この修学旅行で意気投合して仲良くなったようです。
 私たちもすぐに慣れてきて、ゴムボートを自由自在にコントロールできるようになってきました。息もそれなりに合うようになり、自信と連帯感と呼べるようなものが生まれています。なんか、自然に笑顔になります。そこへ一番目の急流帯が見えてきました。少し離れたところから見たらたいしたことはないように思えるんですが、近づいてみると滝と言うほどではないけど結構落差があります。このような急流帯をギャップと言うらしいけど、それがいくつか続いています。
 一瞬でみんなの笑顔が消えます。『ダイジョウブ!』というフランツの声に勇気づけられながら、『マエコギ!』という指示に合わせて力一杯パドルをあやつって、『ツカマッテ!』の指示でゴムボートのロープにつかまり、ギャップに突っ込んでいきます。その時、ロープをつかむタイミングが一瞬遅れた江田君が、ゴムボートが大きく揺れた衝撃で川に落ちて、というよりも飛ばされてしまいました。
 一番前に座っていた佐倉君はそんなことは知らず、無事に急流帯を乗り切ったと思って『こんなん、簡単なもんや』と言いながら振り返れば江田君がいないわけで、言葉を失い、大きく目を見開いて驚いていました。セーフティートークで学んだことがさっそく生かされて、江田君は無事にボートの上に引き上げ・・・ られたらいいんですが、急流帯ではどうしようもできません。江田君は、ライフジャケットのおかげでおぼれることはなかったものの、急流帯のスリルを誰よりも体感することになりました。ゴムボートに引き上げられた時の『この川を、なめてました』という江田君の言葉は、みんなに伝わる何かがありました。
 しかし、ラフティングってスリルも感じるけど、すごい充実感みたいなものもある。文句なしにおもしろいです! 
 しばらく「おとなしい」川を進み、二番目の急流帯に入る。この川は急流とゆるい流れが交互にあるんだな。もう、みんな自信を持ってゴムボートを操っている。パドルを操作する時に自然に「イチ、ニィ、イチ、ニィ」と掛け声がでる。急流を越えることが面白くて、チームとして協力できていることがうれしくて、なんだかワクワクした気分だ。二番目の急流帯を超えたら、早く次が来ないかと待ち遠しい。フランツもそんな余裕を理解したんだろう。三番目の急流帯では、わざと後ろ向きにギャップに突っ込むという、新たなスリルを与えてくれた。もう、最高!