見えること 気づくこと

「視野」の話 おさらい

 私のしごと館での体験発表を終えたあと、ぼくはみんなに「視野」の話をしました。ここでもう一度おさらいをしながら補足説明します。
 今回のように、体験したことや調べたことなどをまとめて発表するとき、めんどうくさいとかはずかしいからとか、そういった理由でてきとうに「形だけの」発表をする人がいます。そういった人には発表を聞く人のことは目に入っていません。考えているのは自分のことだけ。こういう人を「視野が狭い」といいます。
 逆に、発表を聞いてくれる人たちに、どうしたら楽しんでもらえるだろうか。わかりやすく説明するにはどんな工夫をしたらいいか。そんなことを考え、自分に出来る精一杯のことをまじめにがんばって取り組む。そういう人がいます。そんな「視野が広い」人の発表は、やはりおもしろいし、何と言っても聞いていてわかりやすいことが多いです。だから、みんなにはぜひ視野を広くするようにしてほしい。そんな話でした。

自分のことだけを考えない

 視野を広げるとは、いったいどういうことでしょう。まさか、いつも周囲をキョロキョロ見ればいいなんて考えている人はいないでしょうね。
 ぼくがここで言いたいことは、さっきも書いたように自分のことだけを考えるのではなく、周囲の人のこともしっかりと考えてほしいということです。ただ、言うのは簡単ですが、そういう考え方に慣れていない人にとっては、これはとてつもなく難しいことなんです。だからこそ、普段から周囲の人のことも考えるように心がけることがとても大切なんですけどね。
 6組の教室掃除のやり方は、掃除の分担をわざと細かく決めていません。その分、周囲の人たちとの連携を考えなければなりません。ぼくは、掃除の時間も何かを学ぶ場であると考えていることは、以前の学級通信でも説明しましたね。
 一昨日の終礼でも、掃除について話をしました。冷たい水に手をつけることになる机の水拭きを、同じ人ばかりがやっていることと、手のあいた人から窓拭きをするはずなのに誰もしていなかったこと。これでいいのか? そんな話でした。
 その甲斐あって昨日の掃除では、ずいぶんと雰囲気が変わり、たくさんの人が窓拭きに参加していました。でもね、普段机の水拭きをよくやってくれている男子が、机の並びがおかしくなっているのを、ひとりで直してくれていたことをぼくは知っています。ぼくが求めている広い視野とはこういうことなんです。

見えること 気づくこと

 誰かに言われたことをやることは、言われてもやらないより確かにマシです。でも、誰からも何も言われなくても自分で見て、気がついて、自分から率先してやることの方がずっとずっとすばらしいことだと思いませんか?
 いろんなことが見えても、何が必要かといったことに気づくことが伴わなければ視野を広くしたことにはならないんです。とりあえず自分の分担は一段落した。窓拭きは充分人数が足りている。では、他にすることはないかと周りを見て、机の並びがおかしくなっていることに気がつくことができたさっきの男子は、視野が充分に広いと言えると思うのです。しかも、自然に行動できていました。すばらしいと思います。
 また、期末テストの前にこんなことがありました。教室の後ろのドアのところにプリントが落ちていました。見えていなかったのか、そのまま通り過ぎた人もいました。でも、靴で踏んでしまい、さらに風のせいでプリントが足に絡むような状態になってプリントの存在に気がついた人がいたんです。が、その人はそのまま行ってしまいました。ぼくは何か言ってやろうと思ったその時、後から来た男子がそのプリントに気がついて、すごく自然に拾い上げてプリントに書いてあった名前を確認して、その人のところへ持って行ったんです。見えていてもどうするべきか気づくことが出来るか出来ないか。その差は大きいのです。
 視野を広くして、そして気づくことができるようになる。とてもむずかしいと思いますが、これは普段から意識するようにして経験や練習のようなものを積んで、学んでいくしかありません。教室の掃除では机の水拭きのことなど、まだまだ改善すべき点はあります。係の仕事や勉強などでも同じでしょう。とりあえずそういったところから始めてみてはいかがですか?