3年2組 と Rのこと

 もうすぐ2学期が終わるということで、反省とかまとめの話を書くところなんですが、3年2組のこれまでを振り返るうえでRのことを抜きにすることはできないなとずっと思っていました。ということで今回の学級通信は3年2組とRの話です。

  ※Rは支援学級在籍生徒です。

文化祭の準備期間

 まず文化祭。支援学級在籍の生徒を劇の中で何らかの形で出演の機会を作るというのは他のクラスで実現していたし、2組でもいくつか可能性を検討し練習でとりあえずやってみるというようなことはしました。
 海のハープのところで通行人として出演できないか。脚本にはないけれど不思議な楽器を落とすというか忘れてしまう神様の役としてならどうか。ボッコちゃんで客として出ることはどうか。
 実際に練習でやってみるけど、なかなかうまくいかない。練習を何度も繰り返せばできるようになるんだろうけれども、準備・練習の時間的・人的な制限もあるし、ストーリーの流れのことなんかもある。そんな状況の中、どうするのか、なかなか難しい判断を迫られました。
 クラスの仲間の一人としてRとどう向き合っていくのかということにもかかわってくる話なので、一部の生徒や担任だけで決めてしまうわけにはいかないです。そこで準備や練習の合間にクラス全員で話し合う時間を持ちました。何としてもRを劇に出すべきか、やめにするのか。クラス目標のこととかも考えていろんな意見が出ました。
 最終的にRは劇に出ないということになりました。この決定についていろんな意見が出てくる可能性はありますが、支援学級在籍の生徒が劇に出たクラスと出なかったクラス。どちらが優れているとか、そういうものでもないと思うし、みんながじっくり考えて出した結論だから、僕は担任としてその結論を尊重しました。
 ただ、このことについて時々振り返って考え続けていくことは、なんだかとっても大切なことなんじゃないかと思います。

普通に接するということ

 文化祭での本番の時です。ボッコちゃんの終わりのころにボッコちゃん以外の全員が倒れるシーンがあって、ガタガタと大きな音がしました。舞台の横にいたRはその音を面白く感じたのか、大きな声を出しました。その瞬間、Rのそばにいて幕の隙間から舞台上を覗き込んでいた男子が「うるさい!」と本気で、でもやさしさを感じる注意をしました。
 その瞬間、僕はとてもうれしかったんです。本気で注意をするってことは、Rを特別扱いしてないってことだからです。そこで振り返ってみると、Rを劇に出演させなかったことも特別扱いじゃなくて普通に接していたからかもしれないと思いました。もしもクラスのみんながRに冷たいだけだったとしたら、Rが受験の面接に向けて名前を呼ばれて返事ができるようにする練習を、教室でやるなんてできないと思うんです。
 そうは言っても、Rにはできないこともいっぱいあります。例えば掃除のときなどでは何らかの配慮が必要です。2学期の1回目の席替えの時には、Rが教室の机運びを少しだけれどもできるようになっていたので、Rのいる班を机運び担当にしてはどうかと提案が出て、そのまますんなりと決まりました。
 2回目の席替えの時には、机運びに飽きてきたのか、Rがふざけるシーンが多く見られるようになったので、どうするか決めるためにまた話し合いをしましたね。教室以外の選択肢を外すところから決めて、最終的には床と窓を拭く雑巾の担当に決まりました。
 新しい掃除の仕事を担当するようになって、初めのうちは机を運ぼうとしたり、何をするのかわからなくて固まってしまったりしましたが、少しずつできるようになってきました。その際も、Rと同じ6班の人だけに任せるのではなく、別の班の人も関わっているのをたくさん見ることができました。僕は担任としてうれしかったんですよ。
 昔、ボランティア活動をしていた時に『ために ではなく ともに』という言葉に出会いました。「障がい者のために」と考えると上から目線みたいになってしまう。それよりも「障がい者とともに」と考えて接する方がお互いに成長できる。そんな意味だったと思うんですが、それが自然にできている。それが3年2組。
 ちょっとふざけあいが行き過ぎる時もあるので、そこは注意しながら◇◇中学校卒業まで「ともに」成長できる3年2組であり続けてほしいと思っています。