「可能性」と決断のとき
◇◇市内のある中学校で体育館の床をきれいにする工事が必要かも、という話が出ました。床の表面を薄く削って、塗料を塗りなおせば新品同様になるんです。さっそくその学校では業者の人を呼んで体育館の床を見てもらう事にしました。すると、その業者の人は体育館に入るなり「土台も見なくてはいけませんねぇ。床が波打ってます。」と言ったそうです。
毎日のように体育館を利用している体育の先生も気がつかないような床の状態でも業者の人にとってはすぐにわかるような変化だったんです。人間の能力ってすごいですよね。素人にはわからないことでも、プロになると一目見るだけで床の平面の度合いがわかるようになるんです。きっと何年もこの仕事をしているうちに身につけた能力なんだろうと思います。
可能性と進路先
2組のひとりひとりにも、もしかするとこんなすごい能力が隠れているのかもしれません。いや、必ずあるんです。これを「可能性」と呼ぶんだと思います。
□□中を卒業してから進んで行く君たちの進路は、君たちの可能性を広げ、君たちの能力を伸ばしてくれるようなところを選ぶことができたらいいなと思います。それはスポーツ関係の能力かもしれません。語学とか勉強に関する能力かもしれません。また、芸術とか技術、専門的な知識かもしれません。そういったものを精一杯伸ばしていけるところ、それがその人にあった進路先ではないかと思うのです。
残念なことに、自分の「可能性」をあまり考えずに進路を決定していこうとする人がいるんですね。自分の学力、成績はこうだ。だからこの高校を選ぶというようなパターンです。それ以外の条件はあまり考えません。悩まずにすむし楽だからとか何らかの理由があるのかもしれませんが、それでは将来困ることにならないだろうかと少し心配になります。何度も書いているように、2組のみんなには自分の「可能性」を信じて、自分の能力をしっかり伸ばせるところはどこかをよく考えてほしいと思います。
さっきの業者の人は実際に体育館の床下にもぐりこんで、全身ホコリやクモの巣で汚れながら点検をしたそうです。汚れるような仕事を嫌がる人もいますし、狭くて暗い床下に姿勢を低くして這うようにしてもぐりこむなんて、できないという人も多いと思います。でも、その人は自分の仕事に「誇り」を持っているから、そういう行動ができたのだと思います。「誇り」が持てる仕事に出会えることは幸福なことです。自分の「可能性」を考えて進路を決めることは、そんな幸福につながると僕は考えます。
決断のとき
これまで、進路についての情報を説明し、教育相談をするなどしてきました。そこでは将来どうしていきたいのかを聞いたり、考えてもらったりしてきました。学力や成績だけで進路を考えて欲しくなかったからです。
ただ、今の受験のシステムでは希望だけを優先するわけにはいきませんから、どこまで自分の希望を優先するのか、それともどこかの段階で妥協するのか、決断しなければならないんです。つらくて苦しいという人も多いはずです。眠れなくなってしまう人もいるようです。いろいろと考えているうちにもうどうでもよくなってしまい、投げやりになってしまう時もあるかもしれません。あまりのストレスでついイライラしてしまい、人間関係がギクシャクするなんてこともめずらしくありません。
悩んでいる人は、自分の進路をしっかり考えているからこそ悩むんであって、そこまでがんばっている人にさらに『がんばれ』って言うのはひどいことなのかもしれません。でも、何もかも放り出して逃げ出すわけにもいきません。それこそ「可能性」を閉ざしてしまうことになるからです。また、他に言葉も見つかりません。
だから、僕はみんなに『がんばれ』って言いたいです。みんなのことを心配し、応援している存在がここにいることが伝われば、少しは気分が晴れるかもしれないと思うのです。みんなの周囲には僕以外にも、そして僕以上に君たちの事を考えている人がいると思います。家族とか友だちとか…。そのこともちょっぴり意識してもらえたら、次へのエネルギーになるかもしれません。
また、放課後に学習会をしようということで、希望者が残って教えあったりしています。こういう関係もエネルギーの補充につながるのでいいなぁと思っています。
来週から始まる懇談で、受験先を決定していきます。少しでもみんなにとってよい進路先を選択できるように、僕もがんばりたいと思います。