翻弄 1
~突然のコロナ全校休校 過酷だった学校現場はどう対応したのか その記憶~
コロナの一斉休校の対応については地域によっても差があると思いますし、記憶に頼っているところがあるので細部について事実と異なる部分があるかもしれません。その点はご了承ください。
ほんの少しの事実と多くのフィクションを含みます。身近なところにそっくりな人がいたとしてもそれは偶然です。
それは1本の電話から
2020年2月27日木曜日
大阪府内のある地方都市の中学校。各学年3クラス、支援学級4クラスの小規模校。
勤務時間が終了する午後5時を過ぎて一人また一人と帰宅して、午後6時半の段階でまだ職員室に残っている教師は1年3組担任で数学科の屋島、1年生所属の副担で社会科の森、2年生所属の副担で技術・家庭科の増田、3年1組担任で英語科の江本の4人のみ。
「えっ。まって、4人?!もうこれだけ?さびしなったなぁ」
様々な感情を複雑に混ぜ込んだ屋島の発言に増田と江本は苦笑をするしかなく、森は不思議そうにそんな3人を順番に眺めていた。以前ならもっと多くの教師が残っていたものだが、コロナの報道が連日繰り返されるにつれて早く帰宅する教師が増えていたからである。
2020年1月から謎のウイルス性肺炎が連日ニュースで流れ,1月14日にWHOは新型コロナウイルスを発見したと発表し、日本国内でも感染者が少しずつ増えていった。そのころの増田はまだSARSやMARSのように早期に終息するだろうと甘く考えていたところがある。
数年後このころのことを振り返った増田は「願望とか期待と呼ばれるものを抱くのは仕方がない。これは正常性のバイアスというものだろうな」と考えたものだ。さらに「冷静でいられると正しい判断ができるけど、あのころは正常ではいられなかった。僕も世の中の多くの人も」と分析をした。ただの中学校の教師が数年後にこんな分析をしても特に役には立つことはないが、増田は考えることが好きな性格をしているとわかるだろう。
現実にはマスクが品薄になり、クルーズ船が入港して船内の感染が広がる様子、海外の惨状や国内の感染者数などを毎日ニュースで見ているうちに、根拠のない願望とか期待と呼ばれるものは吹き飛んでしまい、これはただでは済まない。そんな不安に変わっていった。そしてついに2月26日北海道ですべての公立小中学校が休校になったニュースを聞いて、不安だけではなく心の中に恐怖も育っていたと思う。
ちなみに屋島と江本は学年主任、増田は教務主任。2年1組担任で2年生の学年主任の水島も遅く残るタイプだが、この日は顧問会議の為に夕方から出張している。そのまま帰宅するのだろう。進路主事の清水はこの時期入試関連でやることがたくさんあって遅くまで残っていることが多いが、翌週の公立高校の出願に伴う願書のチェックなどの準備もほぼ終わったのでこの日は帰宅していた。校長も教頭も帰宅していたのだろう。職員室には教頭の姿が見えなかったし、座席のパソコンは閉じられていた。廊下を挟んで職員室の向かいにある校長室の照明も消えていた。
増田は2年生所属の副担ではあるが3学年すべての技術と家庭科の授業を担当する。念のためというよりもなんとなく休校になったときに備えて職員室のパソコンに向かってとりあえず2年生の課題を作成していた。休校にならなければ授業で活用すればいいや、という程度のものである。
午後6時半ごろ職員室の電話が鳴った。4人のうちもっとも近くにいた増田が受話器を取った。
「はい、庄田中学の増田です」
「3年2組の引田やけど」電話は生徒からであった。
「はい3年2組の引田さんですね、どうしましたか?」
3年生の生徒からの電話とわかり江本は仕事の手を止めて、必要があればすぐに電話を替わることができるように備えた。
「明日から学校は休みになんの?」
私立高校への進学が決まっている引田の顔が頭に浮かんだ。
「ん? 休みにはならへんで」
「でも、今テレビのニュースで安倍総理が全国の学校を休みにするって言ってんで」
衝撃の展開。でもさぼりたいからといってこんなウソを考えて電話してくるとは思えないので
「えっ?学校を休みにするってテレビで安倍総理が言ってる?」
わざわざ復唱して職員室にいる他の教師に電話の内容を伝えた。
「テレビを見たらわかるやん」
そう言われても、この学校にはどこを探してもテレビはない。でも職員室で増田の声を聴いた3人はインターネットを開いてニュースのチェックを始めている。増田の期待通りである。このような小さなことの積み重ねは、お互いの信頼感を育てる。
もしも増田の復唱を聞いた3人が無視するようならこの学校の職員室の雰囲気は殺伐としているとわかる。それは組織としての学校のパフォーマンスが格段に低いことの証明になる。そんな学校では自分の居場所がないと感じるし、自分は何の役に立たないと自己肯定感が70°ぐらいの角度で急降下する。それが若い教師の病休や辞職の増加につながっているのではないかと増田は感じている。
もちろん他にも教師の仕事は多い上にその内容は多岐にわたること、遅くまで頑張っても残業代は出ないのに責任は重いこと、ハラスメントや保護者からの過度な要求など原因になりうるものはいくつもあるので一概には言えないが、職員室の雰囲気は悪いより良い方がいいに決まっている。
若い教師だけではなくベテランも働きやすいし、悩みを抱える教師に気がつきやすい。話を聞くこともアドバイスをすることも可能になると思っている。ここ数年担任をすることがなくなった増田は、副担として担任や若い教師たちを支えることに楽しみと意義を感じ始めている。また職員室全体を見る大きな視点が役に立つようになった。だからわかるのである。職員室の雰囲気はとてもデリケートでありながら、いやデリケートだからこそ大切だということが。
誰でも最初からベテランであるはずがない。様々な経験を積み重ねることでベテランになっていくものだ。その過程でアドバイスや支えが必要なのは聞くまでもないこと。苦しい時に職員室の誰ともつながりがなく、つらい経験をしたことが増田にもある。だから増田は電話の邪魔にならないように小声で3人がやり取りしながらネット検索をしているのを目の端で確認しながら「ありがたい」と心の中で感謝した。
「ごめんな、学校は何もわからないからとりあえず明日は普通に登校してくれる?」
「わかった」期待が外れて残念そうな言い方で電話は終わった。
文科省と教育委員会と学校は緊密に連携していると信じている社会人は多いだろう。しかし現実はこんなものである。重要な案件を、事前に学校現場で働いている教職員に知らされたなんて話はまず聞かない。だいたいテレビかネットのニュース、または新聞の朝刊で初めて知る。
例えばどの公立高校で生徒の募集を停止するか、募集定員を減らすかといった高校受験に影響する大切な情報を知るのは一般の人たちと同じタイミングである。「なんでこんな大事な情報を先日の懇談で聞かせてくれへんかったんや。学校は知ってたはずやろ!」と保護者に言われたことがあるが、それは完全に「思い込み」とか「勘違い」などと呼ばれるものに分類されるのではないか。
全国で一斉に学校を休みにするというかなり重大な今回の案件も文科省職員の一部は知っていたかもしれないが、教育委員会は何も知らされていないことは間違いないだろう。事前に教育委員会や学校の教職員に通知していたらネットのSNSなどで広められる可能性を警戒しているのかもしれない。信用されていないというよりも、国内が大パニックになるの防ぐ目的だろう。もしかすると、安倍総理の決断があまりにも突然だったからかもしれない。
いずれにしてもニュースを見たからといって学校に問い合わせの電話をかけてこられても教師には答えようがない。同じ理由で学校からも教育委員会に電話で問い合わせることはしない。ムダだとわかっているから。
電話を置いた増田の「どう?」という声に真っ先に答えたのは屋島である。以前別の学校で一緒に勤務していたことがあるので、なんとなく気が通じるところがある。
「ほんとに、安倍総理が記者会見してる。休校にするみたい」
「それも全国一斉に」そう追加説明したのは江本。
「要請という形やけど」
森は会話を聞きながら、さらに他に情報がないかネットの情報を探し続けた。
「増田先生、うちの市教委はどう判断すると思います?」
校長も教頭もいないので、残っている4人のうち増田が自然と話の中心になった。教務主任だからではなく、一番年長だということがその理由だと増田は思っているが、3人はそうは思っていない。増田は会議の時などに毒を含んでいるとか過激だと受け止められそうな発言をすることがあるが、それは生徒のことを思ってだったり他の教師のことを考えてだったりすることを周りの多くはわかっている。増田先生はそういう先生なのだ と。ある意味「嫌われ役」を進んで引き受けているとも考えていいだろう。
だから屋島の問いに対して増田が
「文科省を通じた総理からの要請やで? 逆らうわけがない。そのまま受けて休みにするやろな」
と答えたことで3人は安心感を得た。いつもの増田先生だと思えたから。
「じゃぁ明日を最後にしばらく休みですか?」
「そういうこと・・・ やろな」
「これからどうなります?」
「市教委も今知ったと思うから、明日の朝あわてて相談すると思うで。出勤してすぐ会議の準備をして、9時から会議。学校に指示が来るのは10時半から11時ごろと予想するな」
これ以上ネットを調べても他の情報はなさそうだとわかったので、やり取りを聞くだけだった森も会話に加わった。
「あの、校長に電話はしなくていいですか?」
「校長も教頭も今頃テレビ見てびっくりしたばかりやろ。だから電話しても意味ないやろな」
当たり前のことを明快に告げられて納得した。では次の段階を考えようと森は思った。
「今、僕らにできることは何かありますか?」
「市教委からの具体的な指示が出てからでええと思う」
また明快である。おかげで情報が圧倒的に不足している段階なのに何かしなければならないのではないかと焦っていた自分に、森は気がつくことができた。そうなるともう急いで相談することはないので、話の内容は雑談の要素を帯びてくる。
「庄田中は先週テスト終わってたからよかったけど、明日がテスト最終日の学校は大変ですよね」
「ほんまや」
「新型インフルエンザで大阪と兵庫の学校を休校にした時のことを思い出したわ」
「ありましたね。あれは何年ぐらい前ですかね」
「10年? いやもっとかな?」
「僕に聞かれても・・ そのころはまだ教師になってなかったので、知らないです」
「おっと、森先生は若さアピールですかぁ?」
「増田先生と僕は一緒にせんといてな」
「おいおい、俺も混ぜてくれよ」
そこでやっと4人は笑った。大阪人にとって笑いは重要なのにここまで笑えなかったのは、それだけこの状況が強く重くプレッシャーになっていたのだろう。
「とりあえず、今日はもう帰ろか」
「そうしましょか」
「はぁい」
「ケ・セラ・セラ~ なるようになる~」
「昭和の歌ですか?」
「やかましいわ!」
一度笑ったことで吹っ切れたというか、気分が変わったようだ。やはり大阪人にとって笑いはとても重要である。いつまで続くかわからない困難な日々を乗り越えるために、この段階で迷いを断ち切って腹を括れたことは、笑いと同じように重要なことだろう。
「明日は不安をいっぱい抱えた子どもたちと、不満をいっぱい抱えた先生たちのフォローが必要になるかもしれへんなぁ」
コロナに翻弄される日々が始まった。
コロナの一斉休校を題材に、学校のあれこれを表現したくて書いてみました。まだ未完なので加筆修正もあるかもしれません。さらに書き続けているので続きは順次公開したいとは思っています。