新作 教師向け 昔を振り返ってみました
教師になったころの自分と今の自分を比べて、何が変わったかな と考えました。
いろいろと考えたことをいくつかTwitter(現X)でつぶやきました。
それらをまとめて、加筆修正してみました。
学級通信ではないですが、参考になればいいなと思っています。
失敗についての考え方
教師になったころと今の自分を比べて変わったところとして、まず思いついたこと。
それは生徒がつまづきそうなポイントがどこにあるかをきちんと把握できて、それを事前に回避するためにどう説明したらいいのか考えて工夫するようになって、生徒の失敗を減らせるようになった気がします。
ここまで、様々な経験を積み重ねてきたからわかるようになってきたのだと思います。
そして若かったころに比べて、失敗を恐れなくなったかな。
もちろん安易に失敗をしてもいい ということではありません。
でも指導方法を工夫しても、努力しても、失敗することはあります。
その事実を受け入れるようになったということです。
失敗したら落ち込むよりも、まず必要な生徒へのフォローなどを優先する。
それが終わってから反省をして、必ず次に生かす。
失敗しないようにすることも大切だけど、失敗したらそこから必ず学ぶことが大切だと思うのです。
ベテランのマネをすることについて
若いころは、自分は担任なんだから頑張らないといけないと思って、ずっと力が入っていた気がします。
それでは生徒が考える機会や大切な経験の場を奪ってしまう可能性があると教えられました。
でも、毎年クラスのメンバー構成がちがうので、何度担任を経験しても生徒に任せるところを判断するのは難しいです。
学級経営や授業がうまくいかないと焦りますよね。
僕も経験があります。
苦しくて辛くて子どもたちに申し訳なくて、ベテランのやり方をそのまま試したくなります。
でも「参考にする」と「マネをする」には大きな差があります。
だから、形だけマネをしてもなかなかうまくいかないです。
僕は自分のできたところを見つけて、そこだけ注目して乗り切りました。
ただし、教師になった頃は、できたところそのものが少ないし、見つけるのに苦労した気がします。
クラスのまとまり について
僕が中学2年生だった時の3学期、急に学年集会が開かれました。
あるクラスから「私たちのクラスはずっとバラバラでした。最近やっとまとまってきたのに4月からまた別々になるのは嫌です。私たちのクラスだけはこのままで3年生になることを認めて下さい」と訴えるための集会でした。
討論が始まり、最終的にはそのクラスもクラス替えをすることになりましたが、この経験は僕の記憶に残りました。
教師になった僕には大切な記憶です。
今はまだまとまっていないクラスでも、あきらめないで努力を続けていたらいつかまとまる日が来るかもしれない と思う根拠にできるからです。
自分のクラスの様子を見ていてまとまりがないと感じてしまい、ベテランが担任しているクラスと比べて焦ったり落ち込んでいる教員にも、もしかしたら参考になるエピソードかなと思いました。
よいクラスとは? の答えはいっぱいあるし、クラスのまとまりについて生徒の感じ方や受け止め方も様々ですから。
教師に向いていない?
自分は教師に向いてない。
そんなつぶやきをTwitterで見かけることがあります。
でもね、教師の仕事ってすごく幅広くて、種類が多すぎます。
そのすべてがうまくできる初任者がいたら、僕はびっくりします。
僕はベテランと呼ばれる立場だけど、できないことや苦手なことがあります。
ということは僕の方が教師に向いていなかったのか?
もちろん、そんなこと考えません。
教師になって「自分は教師に向いてないかも」と感じている人は、誰かと比べすぎているのかもしれません。
見えている部分は教師としての仕事の一部分です。
そこだけに注目して比べてもなぁ と思うのです。
でも比べてはいけないとも思いません。
誰かと自分を比べないと、「違い」が把握できないからです。
できているところとできていないところ つまり 良いところも課題も見えないからです。
誰かと比べた後、自分のできていないところだけに注目したり、自分はダメだと決めつけてしまうことがいけないことだと思います。
個々の違いは「個性」です。
子どもたちの個性を大切にすることと同じように、教師の個性も大切にされなければならないと思います。
さまざまな個性を持っている子どもたちのよりよい成長を促すためには、教師にも様々な個性が必要です。
今、目の前にいる子どもたちやこれから出会うたくさんの子どもたち。
その中の誰かにとって、自分は必要な存在なのかもしれないと考えてもらえたらいいなぁ。