捨ててあった紙 × 喜び × 笑い

※未完成の学級通信です。
 なぜ未完成のまま放置していたのかは不明です。修了式の前の週の日付になっていたので、間に合わなかったのかもしれません。

捨ててあった紙

 国語の書写の授業で使った紙は、みんな持って帰るようになっています。以前なら学校に焼却炉があって、そこで燃やすことができたのでごみ箱に捨ててもらったものですが、今は焼却炉がなくなったうえに、中学校はごみの収集が週に1回だけなので持って帰ってもらうことになっているのです。
 さて、一昨日、1年生最後の書写の授業後、何枚もの紙がまとめて捨ててありました。少し時間を取ってクラスに呼びかけ、また紙を調べてみましたが、結局誰が捨てたのかわかりませんでした。少し事態が大きくなったので、名乗りでにくいのかもしれないということで一晩待ってみましたが、昨日の朝、紙はそのままでした。
 こうなっては仕方がありません。何人かの『気のいい人』が手分けして持って帰ってくれました。

もらう喜びと与える喜び

 迷惑なものでない限り、何かをもらうと嬉しいものです。同じく一昨日、調理実習であまった大根で作った浅漬けを昼食時に振舞いましたが、どのクラスでも喜んで食べてくれたようです。あまりものの大根でつくった浅漬けでも、もらえると喜びを感じるのです。
 でも、喜びには別の種類のものがあります。誰かのために何かをしてあげるというようなものです。その結果、誰かに感謝されたり、相手の笑顔を見ることができたりすることに喜びを感じることもあります。こういったものを『与える喜び』といいます。すぐに理解できると思いますが、与える喜びはもらう喜びとは次元が違います。
 与える喜びは、場合によっては誰にも気付かれないし、感謝もされないこともあります。でも、与える喜びを知っている人は誰かのために自分が役に立てることが喜びであり、自分の行動によって誰かが気持ちよく過ごすことができたりすると想像するだけで喜びを感じます。もちろん感謝された方が気分もいいとは思いますが、与える喜びを知っている人には感謝されるかどうかは関係ないんですね。
 さっきの浅漬けの話ですが、浅漬けを入れていた器を調理室まで運んできてくれただけではなく、きちんと洗ってくれた男子がいます。聞くと、誰も持っていかないで教室に置いてあったから持ってきたんです。そして見たら先生が一人で洗っていたから僕も洗った。ということでした。
 その男子は、どんな喜びを知っているのか、もうわかりますね? そして、紙を手分けして持って帰ってくれた人たちも