民主主義 と みんなに欲しいもの

席替えの班長会議

 僕は学級通信を書くのに、だいたい1~2時間ぐらいかかります。しかし、今回の学級通信はちょっと内容が深いというか難しい所があって、しばらく考えてからちょっと書いて、ある程度書いたら読み返して、気に入らないところがあると書き換えて。それを何度も繰り返したものだからかなり時間がかかってしまいました。

 2月17日の学級通信で、席替えのための班長会議についてふれました。話し合いの結果、席替えの案がまとまらなかったという話でした。その後、学年末テストがあったり、担任である僕が会議のために出られなかったりして、班長会議を開くことができない状態が続きました。
 そんなある日、班長候補の何人かが班長と学級委員だけで話し合いをしたいと申し出てきました。そこで、班長候補全員と学級委員を集めて前回まとまりかけていた案の問題点を指摘して、本当にきちんと話し合いができるのか、その意思を確認したうえで、班長会議を開くことをOKにしました。
 こうして再び班長会議が開かれたのですが、結果は以前報告したとおり、またもや席替えの案はまとまりませんでした。

班長の責任

 班長会議を始める前に、僕は必ず班長候補が出そろった段階でクラスの「承認」を求めてきました。これは新しい座席の話し合いについて、班長にまかせようという意思表示の意味があります。この結果、班長は班長会議で話し合って座席案を決めていく権限が与えられると共に、班長としてきちんと話し合いに参加して新しい座席の案を作らなければならないという『責任』が発生するのです。これは、市議会や府議会、国会などにもつながる民主主義の基本的なルールのひとつです。
 つまり、班長候補たちはクラスのみんなに席替え案を作ることを託されたわけです。話し合いの中では自分の意見を主張することも当然必要でしょう。でも、他の人の意見を聞いて、場合によってはそれを受け入れて座席案を完成させることも「責任」を果たすことになります。2回も話し合いをしたのに新しい座席案をまとめられなかった班長候補たちは、「責任」を果たしたとは言いにくいかもしれません。

クラスの責任

 中には一生懸命座席案をまとめようとしていた人たちがいたと思います。最終的に多数決で決めることも提案されましたが、班長の中にはあくまでも話し合いでの決着を主張する人がいて、まとめきれなかったとも聞いています。
 こうなると班長だけに責任を押しつけるわけにも行きません。クラスのみんなにも、結論を出せなかった班長候補を自分たちが承認したという「責任」があるからです。自分たちの代表が失敗したとき、その結果の責任を受け入れなければならない部分があるということです。
 ただし、班長会議の決定をそのまますべて受け入れなければならないということでもありません。班長会議がきちんと話し合いをしたかどうか、座席案におかしいところはないか、チェックする必要があります。だから、座席案でおかしいと感じたところなどがあれば声を出さなければならないのです。これも民主主義の基本的なルールのひとつです。席替え案が出たあと、すぐに席替えをするのではなく、必ず時間をおいて何か意見がないか聞いているのはそのためです。民主主義って、メンバーが交流しながらいろんな経験をして、試行錯誤しながら成長し、答を見つけていくものです。

みんなに欲しいもの

 今の2年生は言われたことはするけど… って昨日の集会で言われましたね? 僕もそう感じています。
 集団で何かをする時、誰かにまかせっきりにしてしまえば楽です。でもそれでは、メンバーの交流もないし経験も少ないし、試行錯誤もいらないから成長もしにくいです。今日で2年4組は終わり、もうすぐ3年生になるみんなに欲しいものは、誰かに任せるのではなく、自分で新しいクラスを作っていく力です。そのために、新しいクラスのメンバーとどんどん交流し、積極的にいろんな経験を積み、試行錯誤してください。
 その先には成長したみんながいるはずです。