中学校の中の民主主義
くじ引きで席替え
席替えをくじ引きで行う担任の先生がいます。準備も実際の席替えも手っ取り早くできて、時間がかかりません。だから年に何度も席替えをすることができます。何度も席替えをすれば、そのたびにいろんな人と触れあうチャンスが増えます。それまであまり話をしたことがない人と仲良くなれるかもしれないんです。
でも、僕は席替えをくじ引きではしたくありません。例えば、くじ引きで席替えしたばかりなのに、すぐに席替えをしようと言ったり、次の席替えを心待ちにしたりする人が出てくることがあります。そんな人たちは、新しい人間関係を望んでいません。望むのは仲の良い友達と、同じ班になることです。偶然くじ引きでそうなることを期待して、何度も席替えを求めるんです。それでいいのか?そんな思いがあるからです。
必要な配慮
他にも理由があります。40人近い人間が集まれば、中にはいろんな人がいます。人間関係を作るのが上手な人や苦手な人。悩みなんてないって人もいるけど、悩みを抱えている人もいる。で、悩みを抱えている人にもいろいろあって、精神的に閉じこもり気味になってしまう人もいるかと思えば、本当は悩みを抱えているけどそれを見せたくないために学校では無理をして明るくふるまって、家に帰るころには精神的にヘトヘトに疲れ切って、家族に甘えたり八つ当たりしたりしてストレスを発散するような人も見かけます。そういう人は、進路を考えるときに「◇◇中の人が誰も行かない高校に行きたい」と考えることが多いように感じます。
毎日楽しく学校に来ることができる人にとって、心がモヤモヤして毎日が憂鬱な人の気持ちは理解しにくい面があって、その人個人の努力が足りないとか、考え方や気の持ち様で変わるとか言われがちです。でも、人の心ってそうは簡単に行かないから悩むんであって、また、自分でも分かっているのにできないから困るんであって、そんなことを周りからたくさん言われ続けると、まるで自分に対して攻撃されているように感じてしまうこともあります。
席替えを、くじ引きで決めると、そういった人に対して配慮することが出来ません。そういった人ほど、クラスの中で意見が言えない場合がほとんどで、だからこそ、周囲の配慮が必要なんだと思います。クラスの中に何らかの配慮を要する人がいるのに、何もしないことはその人を切り捨てるとか放置するということになってしまうようで、僕はいやなんです。
人に配慮するとか優しくすることが損だと考える人がいます。そんな人は電車等に優先座席なんか必要ないと考えます。それはとんでもないと思います。自分が将来年を重ねて身体が思うように動かなくなったときにも、優先座席は必要ないと言い続けるのでしょうか? ケガや病気のために電車で座りたいと思うときが明日にでも起こるかもしれません。人に優しくすることは、お互い様なんです。その時に心や身体が元気な人が周囲に配慮し、優しくするだけのことです。
学校の中の民主主義
簡単に言えば民主主義とは、みんなを大切にする思想です。いろんな考え方や性格があることを受け入れ、大切にし、その共存を図るということです。それに対して独裁主義は、頂点にいる人を大切にする思想です。たった一つの考え方以外の存在を許さず、独裁者とその周辺の一部の人にとって役に立つか、といったことで大切にされる人間が決まるのです。先日、テレビでヨーロッパにある独裁国家の現状を見ましたが、ひどいものでした。
日本は民主主義国家です。人を切り捨てないようにする考え方をしていくべきです。だから、席替えでもその方向で進めて行きたいです。試行錯誤を繰り返しながらいろいろと考え、討論し、よりよいものを目指していく。それが学校の中の民主主義だと思っています。誰かに任せると楽だけどそうしないで、自分で考えて実際に行動もする。少ししんどいときもあるけれど、それだけの価値はあります。その過程で、お互いの人間関係もできて、成長もできるんですから。
ある小説に『えらそうなことを言わせてもらえば、民主主義とは対等な立場の友人を作る思想だ。わしは良い友人を持ちたいと思うし、誰かにとって良い友人でありたい。』というセリフが出てきますが、このセリフ、僕はとても好きです。どうすれば「自分が誰かにとって良い友人」になれるか、その一歩が周囲への配慮だと思います。