発表することのむずかしさ

『発表』はむずかしい

 総合的な学習の時間というのは、何年か前に誕生した、教科の枠を超えていろんな内容を総合的に学習しようという新しい授業です。
 宿泊学習であじのひらきに挑戦しましたが、調理実習の延長ととらえれば家庭科の内容だし、地域の特色を知るととらえれば社会の地理の内容です。魚のからだのつくりも関係してくるから、理科の内容と考えてもいいでしょう。こんな風に、いろんなことをまとめて学ぼうという贅沢な、または欲張りな授業が総合的な学習の時間です。頭島で宿のおじさんおばさんに話を聞いたり、職場体験で実際に仕事を体験したのも、そんな目的で行なわれているわけです。
 その総合学習の2年生での最後の取り組みが終わりました。今回は国際理解ということで、5組の誰も知らない国の中から班ごとに12カ国ずつ選んで調べました。発表の方法については、それぞれの班に任せました。『発表すること』について少しこだわりたかったからです。
 僕は、調べることよりも発表することの方がむずかしいと思っています。なぜなら、個人で発表するのではなく班でまとめて発表するためには、どんな発表にするかを相談しなければなりません。発表内容や方法を考えるということは、調べる内容や仕事の分担をどうするかなども考えるということです。いろんなことが複雑に絡み合ってくるから、むずかしいのです。人前で発表することが苦手と言う人が多いのに、どんな発表にするのかを班で考えるのは大変です。
 何を調べるか考えるだけじゃなくて、どうまとめるかを考えるのはすごく複雑な頭脳活動です。誰かに指示してもらうなんて受身の姿勢ではなく、自ら進んで取り組んでいこうという積極さが必要です。でも、それこそが総合学習の目的なんです。だから、2年生の締めくくりとしてしっかりした発表ができるかな?と考えたわけです。

国調べの発表を終えて

 各班の発表を見て気づいたことをまとめると、まず、 担当した国について各自がまとめたのはいいけれど、プリントの内容が統一されていない班がありました。どんな発表にするか、本当に話し合ったのでしょうか?
 次に、最初に自分たちがどの国を調べたのかを発表しなかった班も多かったですね。これでは目次がない本みたいです。誰も知らなかった国を調べるんですから、最初に『私たちは○○○、……、○○○について調べました。世界地図の中での位置はこうなります。』などと言っておけば、発表を聞く人に親切だし、わかりやすくなったのではないでしょうか。
 発表する人が自分の担当しているところの内容を理解していない人もいました。書いてあることを読むだけなのに読み間違うとかも問題ですが、調べた内容について考えたりしないでそのまま書いているだけというのも大きな問題だと思います。例えば、外務省のHPで調べたことのほんの一部を書いただけなので、読んでもその国がどこにあるのかわからないプリントもありました。そんなプリントを作った人はそれまで何をしてきたんだ?って感じてしまいます。
 調べたことをただ書いているだけのものは、『発表』ではなく『伝言』とか『コピー』だと言われてもしかたがないです。調べてみてどんな発見をし、どんなことを感じ、何を考えたのかも含めて伝える。それが『発表』です。
 最後に、発表を聞く人の事を考えることが足りなかった班がありました。そこがきちんとできなければ、聞いている人はわかりにくくなって全然面白くないです。内容はどうでもいいからとにかく発表したらいい。それでは意味がありません。そうではなくて、わかりやすいものにしたい。自分たちが知ったことや考えたことを伝えたい。そんな気持をこめて発表して欲しかったです。「工夫する時間がなかった」は理由になりません。時間は十分にありました。ちゃんと工夫することができている班があるでしょう? そんな言い訳をする人は、「時間」がないのではなく、そもそも「やる気」や「創造力」がないのではないでしょうか。

よい見本

 みんなが発表準備を進めている様子を見ていて、ふと、みんなはきちんとした『発表の見本』を見ていないんじゃないかって思えてきました。よい見本を見ていないのに「ちゃんとやれ」と言っても、そりゃむずかしいですよね。そこで、担任自ら見本を作ってみようと考えたんです。ただ、見本を早めに見せることができなかったことについては、ごめんなさい。
 仕事の合間を見つけて、学校の昼休みに調べたり、家に帰ってまとめたりしているうちに、いろんなことがわかってきました。疑問に思ったところは、さらに調べてみました。すると、わかったことがもっと増えました。そうやって新しいことを知ることが、とにかく楽しかったです。人に言われて渋々するのではなく、自ら進んでやることで味わえる楽しさ。これが本来の勉強の楽しさです。
 僕の発表から、そんなことも伝わったらなと思っています。少なくとも、調べた内容を見て僕が何を感じ、どう考えたかは伝わったと思うし、読んで楽しめたのではないでしょうか。ただし、これがよい見本かどうかは・・・?