人はなぜ勉強するのか その1
残った中学校生活は…
私立高校の入試の結果がほぼ出そろいました。これで中学校卒業後の進路が確定した人もいます。
高校は勉強するところですから、厳密に言うと義務教育が終わったのに進学するということは、もっと勉強したいと考えている。そう判断できると思うのですが、でも、本当にもっと勉強したいと思っているのかなぁと、不安を感じる人を見かけることがあります。
進路が確定した途端、清掃や係の仕事にいい加減に取り組むようになったとか、授業中に関係ないことをやるようになったなど態度が悪くなる人たちです。進路が確定したら、残った中学校生活はもうどうでもいいのでしょうか?
そういう人たちは何のために進学するのか、まだ理解できていないようなのに、とりあえず進学はするんですね。何だかそのまま放っておいてはいけないんじゃないかな、と思いました。そこで、今回は人はなぜ勉強するのかについて話をしたいと思います。
日本語はむずかしいから学ぶ
童謡を例に考えてみます。
♪シャボン玉飛んだ 屋根まで飛んだ 屋根まで飛んで こわれて消えた
この歌詞について、間違えてイメージする人がいます。どういうイメージかというと、台風のようなすごい強風の中で幼児がシャボン玉遊びをしているというものです。その風はものすごくて、近くに建っている家の屋根が吹き飛んでしまうほどの強風でした。そしてその家は壊れて消えました。どうです? このように誤解される可能性がある歌詞だとは思いませんか?
♪垣根の垣根の曲がり角 焚き火だ焚き火だ落葉焚き あたろうかあたろうよ
これは下線部を「滝見た滝見た落ち葉滝」と聞き間違えると、内容が変わります。垣根の曲がり角の先に「落ち葉滝」という滝が見えます。子どもたちは、以前その滝に打たれて修行をしている人を見たことがあるんでしょう。北風がぴぃぷぅ吹く中、滝にあたろうかと相談しているのです。やめなさいと、止めなければなりません。
漢字、ひらがな、カタカナの3種類の文字を使う日本語は、世界的に見てもむずかしい言語だと言われています。童謡をいくつか見ても、むずかしいということは納得できると思います。日本語はむずかしい。だから、学校で国語を学ぶんです。小説などを読んで登場人物の心の動きを想像したり、作者の意図を考えたりするのも、文法について学ぶのも、むずかしい日本語を理解し、使いこなす力を身につけるためです。
テストで、問題文を読んで何を答えればいいのかを誤解して、点数が下がってしまったという経験はないですか? 社会人になってから誤解がもとで大きなミスをすると、点数が下がる程度ではすみません。
コミュニケーションを広げるために学ぶ
日本語の意味が理解できなかったり、自分の気持ちを言葉や文章で表現できなかったりすれば、周囲の人とのコミュニケーションがうまく成立しなくなります。人とのつながりを大切にし、その中で成長していく生物である人間にとって、人とコミュニケーションがうまくできないことは、場合によっては病気にさえなってしまうほどの大きなマイナス要因です。そうならないために国語を学びます。外国語を学ぶのも、より広いコミュニケーションのチャンスを作るためだと言えるでしょう。
また、同じレベルの知識を持っていないと、深いコミュニケーションはなかなか成立しません。例えば『パソコン』についてまったく知らない人と、インターネットの便利さや危険性についての対等な会話は出来ないのです。一般に、当然知っているだろうという内容を「常識」と呼んだりしますが、相手と自分の「常識」が違いすぎるとか、全然かみ合わないと分かった瞬間に、対等な立場の円滑なコミュニケーションは非常に難しくなります。国と国の外交で苦労するニュースなども、このことが原因になっていることがあります。
関数、図形、方程式など数学で学ぶ内容や地理、歴史、政治や経済のシステムなど社会科で学ぶ内容、生物、化学、物理、地学など理科の授業で学ぶ内容なども、すべて常識として身につけておくべきもので、将来、豊かでスムーズなコミュニケーションを作り出すためには、どれも必要なことだと思います。もちろん音楽、美術、体育、技術・家庭も同じです。そのために人は学ぶのです。
その2につづく