クラスで遊ぶこと と 企画力
遊ばなかった2組
昨年の12月、クラスで遊びたいという声がありました。他のクラスが遊んでいるからです。でも、そんな理由で遊ぶことを許可することは、僕にはできません。他のクラスでできているけど2組ではできていないことは、きっと他にもいろいろとあるでしょう。それは無視して、自分たちにとって都合が良いことだけを要求するのはどうかなぁ? と思うんです。
さらに、みんなで遊ぶと言いながら、企画や準備は担任にさせる。遊びが始まると運動場の端でサボる人がいたり、ボールが飛んできても触ろうともしない人がいたりする。楽しんでいるのはほんの一部の人だけ。よくある光景です。これではいったい何の目的で遊ぶ時間を持ったのか、わからなくなってしまいます。
だから、僕はみんなに計画を立てるように言いました。その後、クラス全員の意向をまとめたものを見せに来た人がいます。でも、まだ少し企画力に不安が残っています。
将来、高校や大学を出て社会人になったら、何かをするための段取りを考え、必要な準備をし、実行していかなければならないことがたくさん出てきます。このようなことができる能力を「企画力」と呼ぶんだと僕は思っています。その時に備えてできるだけたくさんの経験を積んでほしいと思います。同時に、仲間の力も借りて、一緒に考えて準備をして実行していく経験も積んでほしいです。
過去のドッジボールの例

ふと、10年ほど前にずいぶん変わったドッジボールをやったことを思い出しました。図を使ってちょっと説明をするとAチーム対Bチームで対戦しますが、コートは図のようにややこしくなっています。それぞれの場所に均等になるようにメンバーを配置してスタートします。
A1にいた人がボールを当てられるとA2に移動します。A2の人が当てられるとA外に出ます。A外でBチームの人を当てることができるとA1に入ることができるという動きになります。つまり、このドッジボールだと中にいる時間が長くなるのです。
敵の向こうにいる味方のさらに奥に敵がいたりするので、A外にいるパワーのある人が投げたボールがB2の人に当たることもあったりしてとても混乱しやすいのに、ボールを2球使ったので普通にやるものとはずいぶんと違ったものになりました。また、A2に人がいなくなったらA1の人がわざとボールに当たってA2に入るという高度なテクニックも飛び出したりして非常にごちゃごちゃしてしまい、チャイムが鳴ると同時に勝ち負けのないまま楽しく終わりました。
勝者も敗者もなくていいという考え方
このような一風変わった遊びは「トロプス」と呼ばれるものの一種です。運動能力や体格といったものに関係なく楽しめることと、勝者も敗者もないものの方がみんなで楽しめる遊びとして、よいのではないかという考えでまとめられたものがトロプスです。勝敗を決めることの多い普通のスポーツとは逆の発想だから、SPORTSの最後のSをとって、残りを逆から読んでTROPS=トロプスなんです。
例えばイス取りゲーム。イスの数が減って、座れなかった人が退場させられるのが普通です。最初に退場した人は長い時間ヒマです。トロプスのイス取りゲームでは、誰もヒマになりません。イスの数は減りますが、人間は減らないのです。少なくなったイスにどうやって全員が座るのかを考えるゲームになるのです。もちろん、最後にはたったひとつのイスに全員が座ります。
トロプスのバレーボールは、ネットの高さが左右で違います。背が低い人や高くジャンプできない人は、ネットの低い部分を使えばスパイクを打つことができます。他にもたくさんの種類のトロプスがあります。
世の中には勝ち負けをはっきりさせることが必要なときもありますが、それがすべてではありません。勝者がいるということは必ず敗者がいます。世の中全部を勝者と敗者に分けるなんてことが進むと、敗者どうしでさらに勝負をしてスーパー敗者を作り、勝者も同じように勝負をしてスーパー勝者を作ることになって、さらにスーパーどうしで勝負をして… だんだん社会全体が縦長の集団になってしまいます。そして、自分より少しでも下の人を見て安心したり、誰かを自分よりも下にするために攻撃したりするようになります。
今、世界のあちこちで問題になっている格差の拡大ってこういうことだと思います。そんな世界なんて、僕はいやです。だから、勝者も敗者もなくていいこともあるんだという考え方はとても好きです。みんながそこにいてホッとできる。仲間とのつながりを楽しめる。そんな部分を少しでも増やせたらなって思うんです。