「オオカミと少年」から学ぶこと

 以前、ウサギとカメの話を題材にしましたが、今回はオオカミが来たと何度もウソをついて、本当にオオカミが来たときに信用してもらえなかった少年の話です。

少年の罪は重いか

 少年はウソをつきました。基本的にウソをつくことは悪いことです。人間、生きている間に、誰かを守るためなどの理由でウソをつくこともあります。そういうウソは許される可能性がありますが、この少年はそういう種類のウソをついているのではありません。
 もっと大きな問題は、少年が何度もウソを繰り返している点です。村人たちが全員見向きもしなくなるぐらいだから、何度もウソをついたのでしょう。そのあたりを考えると、少年は有罪であると言えるのかもしれません。しかし、その罪の重さは、命と引き換えにするほどの重いものなのでしょうか。僕にはとてもそうは思えません。

村人に罪はないか

 少年はなぜ何度もウソをついたのでしょう。少年の年齢や家族の状況などはわかりませんが、イメージとしては学校に毎日通っててもいいぐらいの少年が毎日働いているわけですよね。少年はとてもさびしかったのではないでしょうか。ウソをつくことで村人の目を引きつけたかったとは考えられないでしょうか。なのに、村人たちに見捨てられ、守ってもらえず、少年はオオカミに殺されました。少年を殺したのはオオカミですが、少年を見捨てた村人たちに罪はないのでしょうか。
 ウソをつく少年については、村中で噂になっていたと思います。あの子はいつもウソをつく。そういった話を村人同士で繰り返しているうちに、少年と一度も会ったことがない村人でもウソをつく少年がいると信じ、その少年の言うことはすべてウソだと思い込んでいたでしょう。そこへ、本当にオオカミが現れました。オオカミが来たとウソをついている時の声と、本当にオオカミに襲われている時の声は、違っていたはずです。なのに、村人たちは、またいつものウソだろうと思い込んで、少年を助けることをしませんでした。ウソをつき続けた少年のさびしい心は、誰にも受け入れられなかったのです。村人の罪は重いのではないでしょうか。

噂や思い込みの怖さ

 はっきりとした根拠もない内容で、人伝に聞く話。これが噂ですが、同じ話を何度も聞くことがあるんですね。人間は同じ話を何度も聞いているうちに、事実とは違っていても、本当のことであるかのように思い込んでしまうことがあります。これが本当に怖いんです。
 例えば、懇談や教育相談での話の中でいろんな『噂』が出てきたことがあります。その中には完全に事実とは違う内容のものがありました。そんな『噂』を信じて進路を決定したとしたら……  とても怖いと思いませんか?
 ○○高校に入学すると□□できないとか△△できるといった思い込みをしている人もいました。最終的には、入学してからの本人のがんばり次第で、結果はいくらでも変わるものです。なのに、最初から決めつけるのはおかしいと思いませんか?
 噂などに惑わされず、自分自身で、これからがんばれるであろう進路を見つけ、実際に入学してからがんばることが大切なのです。自分に合った自分なりの基準で何をがんばるのか考え、実際に行動していきましょう。

居場所があることの幸福

 少年は、村の中に居場所がありませんでした。精神的な安らぎを得る場所がなかったのです。それはすごくさびしいし、つらいことだと思います。納得できる人は、きっと多いでしょう。
 前に、学級通信でクラスの中に居場所があることについて少し触れました。居場所があるということは、さびしい心を受け入れてもらえる雰囲気が存在することを証明するものでもあります。というよりも、クラスの中に居場所があると心がさびしさを感じません。それはすごく幸福なことです。
 あなたには、今の2組の中に居場所はありますか? 居場所があるという人は、その幸福をもらいっぱなしにしてはいけません。誰かから幸福をもらったら、誰かに幸福を分ける。それが、「居場所があることの幸福」を長続きさせるコツだと思います。2組は、全員にとって精神的な居場所があるクラスになっているでしょうか。あなたは、誰かにとって安心できる居場所をつくっているでしょうか。