「良い所探し」から学ぶこと
昨日の研究授業で
昨日の6時間目に、クラスの中からランダムに選ばれた9人それぞれの「良い所」を文章に書いて届ける「良い所探し」をしました。文章をていねいに書く人が多かったことと、多少予測はしていましたが、それ以上にみんなのテンションが高くて、最後のまとめの時間が少し足りなくなってしまいました。そこで、学級通信でもう一度きちんと話をまとめたいと思います。
なかなか書けなかった人
半年以上同じクラスにいるのに『良いところ』がなかなか書けない。または、何を書けばよいのか困ったという人は、今までその相手のことをどう見ていたのかが問題だと思います。
今までにあった大きな行事だけでも宿泊学習や文化祭、体育祭があります。そこでどんな行動をしたのか、何も見ていなかったのでしょうか。また、授業ひとつをとっても教室での様子はもちろん、音楽や体育や美術の時間はどうでしょうか。清掃時間、休み時間、朝の読書、係の仕事、専門委員会の仕事といった普段の学校生活を振り返れば、何か思い浮かぶのではないでしょうか。クラブでの様子でも何か書けるかもしれませんよね。
そこまで言われたら思い出したと言う人は、昨日たまたま思い出せなかっただけということでまだいいのですが、それでも思いつかないという人がいたら、もしかしたら、その人は相手の人の存在を無視していたということになるかもしれません。
話しかけたことがなかったとか、周囲の人がどんな行動をし、どんな発言をしていたかを意識して見ていなかったのではないかなど、これまでのクラスの仲間としての自分の行動をふりかえってみましょう。
人との繋がりのこと
カードをもらったとき、なんだかドキドキ、ワクワクしませんでしたか? そして自分の良い所を記入されたカードを読んだとき、嬉しいと感じませんでしたか? 友人からの手紙やメールを待つ気持ちに似たこの感じ。人に自分のことを考えてもらうことの、ちょっと普通のうれしさとはちがった感じ。この『感じ』を忘れないでほしいのです。人から誉められて良い気持ちになったり、人に自分を受け入れてもらったと感じたり、自分の存在を認めてもらったり。人と繋がると言うことは、こういうことなんです。この『感じ』を求めて、人は人と繋がろうとするのだと思うのです。
でも、待っているだけではダメです。人との出会いや繋がりを作るなら、自分から行動を起こしていくことも必要です。「人を傷つけるような悪いことをするよりもましだろう」と考えて周りに対して何もしないことも、人との繋がりに結びつきません。仲の良い友だちのために。班のために。クラスのために。クラブのために。何でもいいです。周囲の人のために、行動をする。それが人との繋がりになるし、その行動はきっと誰かが見てくれていると思います。
自分の能力をクラスや誰かのために活かしたとき、それを『長所』と呼ぶんだと僕は考えています。自分は『良い所』が書きにくいと思われたかもしれないと感じる人は、これからの周りの人に対しての行動を考えてみましょう。
自分のことは自分が一番知っている?
『自分のことは自分が一番よく知っている』と言われます。本当にそうでしょうか。良い所を記入したカードを読んでいて、自分でも意外だと感じたところはありませんでしたか? 人は、自分のことが見えていないこともよくあるのです。また、自分でも何となくそう思っているけれども、本当にそうなのかは自信がなかった。でも、具体的に文章で書いてもらうことで自分に対して自信を持つようになった。なんてこともあります。
人は無意識のうちに自分の性格や心の一部を隠そうとしてしまうことがありますが、一日中隠そうと思って緊張し続けることは難しいので、何かの拍子に誰かに見られてしまうことがあります。「しまった! どうしよう」とあせったけど、相手の何も感じていない様子を見て隠す必要がなかったことに気がついた。なんてこともあります。
このように人と繋がると、周囲の人を『鏡』にして自分でも気がつかなかった本当の自分の姿を映し出すことができるようになります。その結果、自分自身についての理解を深めることになれば、これからどんな人間関係を作っていくのかということ、つまり『生き方』に大きく影響します。
僕が好きな『グループワーク』の理論は、『人は人と交わることで成長していく』ということを前提にしていますが、これらの事例を見るとすごく納得できる考え方だと思います。ですから、ぜひ、周囲の人と繋がって、『自分』を正しく理解してください。同時に、周囲の人たちにとって『よい鏡』になってください。 つづく