本当に得なのは 男性? それとも 女性?
※この学級通信は1988年に書いたものです。
討論会
昨日の学活で討論会をやりました。9月の学年生徒委員会の会議の時に「和食 VS 洋食」で討論会をやって、そのあとに本来の話し合いをしたらすごく良かった。それを2年1組でもぜひやりたい ということで、学活の時間をください という要請が1組の学年生徒委員からあったので開いた討論会でした。
その結果は・・・ 昨日の討論会の後にいろいろ言いましたが、大切な経験の場を、本当にもったいないことをしましたね。学年生徒委員の二人は活発な討論会にしようとしましたが、「負けを認めなさい」とか「卑怯だ」とか、本来ならば言うべきでない発言が飛び交い、真剣に討論に参加しない人たちもいましたね。討論を軽いものにすることは、結果として自分の首を絞めることにつながるということを理解してほしいです。討論の原則がわからなければ、国会のことだって理解できないのです。
本当に得なのは
討論のやり方等についてはこのくらいにして、もうひとつ言っておきたいことがあります。
討論会を始める前に男性が得だというグループと、女性が得だというグループに分かれてもらいました。すると断然、男性が得だというグループの方が多くなりました。
なぜそうなったのでしょうか? それは、今の社会がそのような仕組みになっているからです。
男女同権というけれど、中身はまだまだ男性が得する社会です。会社に行けば男性と女性で給料に差があります。仕事だって、男性はいろんなことをバリバリさせてもらえる。一方女性はお茶くみやコピーだけという会社がたくさんあります。
仕事の内容によって、向き不向きというものは存在します。でも、女性に向いてる仕事といっても、すべての女性に向いているとは限らない。男性に向いてる仕事といっても、すべての男性に向いているとは限らない。女性だからとか男性だからとかそんな部分だけを見て判断をしていたらダメなのです。なぜか? それは差別だからです。
生活の中にも、そんな差別は存在します。僕もつい「男のくせに」とか「女性らしく」などと言ってしまうことがあります。気をつけないとあかんと反省してます。
みんなも気をつけてください。男女差別を今のまま認めてしまう人にならないように。人の価値を、正しく判断できる人になれるように。
本当に得なのは、男性とか女性とかではなく、そんな「人」ですから。