いじめについて

 先週の道徳の時間に「わたしのいもうと」という詩を読み、6組の中にも存在する「いじめ」について話をしました。今回の学級通信はそのときに書いてもらった作文を特集します。ただし、内容が内容だけにすべての作文を掲載することはできませんし、掲載した分も一部を削除したり変更しているところがあります。

(いじめを目の前にして) でも、その時は注意できなかった。注意して、もし自分もいじめられたら…… と思ってこわかったのかもしれない。
けど、「わたしのいもうと」や先生の話などを聞いて、いじめられている人の気持ちがよくわかった。だから、またそういうことをやっている人がいたら、ぜったい注意しようと思う。

(つい、いじめに参加してしまって) 悪いことをしてしまったと思い、もう、しなくなったけど、他の男子がまたやっているのをなかなか止められなくて、例えばぼくが止めようとしても、後から仲間はずれにされそうで止められなかったけど、これからはがんばって止めてみます。それと、ぼくももういじめは止めたいと思う。

 いじめは悪いことだと言うことは、あたりまえのことです。それがなくならない原因のひとつは、注意して止めようとしたら自分もいじめられるかもという恐怖がみんなの中に存在することです。実際にそういうことにならないという保障はありません。でも、そのまま放っておいていいわけありません。別の人は、こんなことを書いています。

私もシカトとかされたことあるけど、やっぱりイヤやった。朝、学校に行くのがすんごいイヤで、行っても面白くないしとかマイナス思考なことしか考えられへんかった……  何にしても、やっぱりイジメはアカンと思う。イジメがこの世に存在しなかったらよかったのにって思う。ヤッパリ大切なのは、助けてくれる友達だよ。

 学校にいるときの様子は、親にはなかなかわかりにくいものです。特に親に心配をかけてはいけないと、いじめられているのにガマンして家では無理に明るくふるまってたりすると、なかなか気づけないものです。
 先生だって、いつも教室にいるわけではないので、わからないことがたくさんあります。
 だからこそ、助けてくれる友達の存在が大切なんです。そっとそばに寄り添うだけでも、精神的にとても助かることもあるでしょう。いじめを止めてくれたら、もっと助かるのは当然です。
初めの感想文を書いた2人は、これからは止めようと考えてくれました。他にも同じようなことを書いている人は大勢いました。その気持ちを大切にしてほしいと本当に思うし、そんな気持ちをつぶしてしまうような、そんなクラスに6組をしてはいけないと思っています。

前にいじめっぽいことをされて、すごく悲しかった。あと、腹が立った。別に私は悪いことをしていないと思っている。でも、今は仲直りをした。だから、今は学校がすごく楽しい。前は学校に行きたくなかった。でも、仲直りをして変わった。だから、いじめは絶対なくしてほしい。そしたら、きっと学校がすごく楽しくなると思う。
もし、私がいじめているつもりがなくても、今まで傷つく言葉を言ってしまっていたら、これからは言わないようにしたい。これをきっかけにいじめをしている人は、やめてほしい。

 いじめがなかなかなくならない理由は他にもあります。「いじめは悪い」ということはわかっていても、実際に自分がやっていることがいじめだと気がつかないことがあるということです。つまり、いじめている人がいじめているつもりはないということがあるのです。
 ですから、いじめの問題を考える時にはいじめられている人の立場で考えなければなりません。
 勇気をもっていじめを止めると言うことは、いじめている人に「それはいじめだよ」と教えてあげることにつながるのです。自分がやっていることを振り返ることができれば、いじめている人にとっても大きなプラスになります。