体育祭をふりかえって
あと味さわやか
今年の体育祭が終わって、いつもと違うなぁと感じたことがありました。あと味が「さわやか」なんです。確かに黄ブロックは第4位で終わりましたが、一生懸命がんばった結果ですから・・・。 けど、この場合そういう部分で「さわやか」なのではないのです。
ひとつは不正行為に分類されるものが非常に少なかったことです。リレー種目でインから追い越したり、バトンゾーンを越えてバトンパスをしたりなどで少しは減点がありましたが、例えば騎馬戦で殴ったり蹴ったりなどの暴力的な行為で減点されると言う場面が、まったく見られませんでした。
もうひとつは、応援席の状態です。少しはだらけたりしてる人もいましたが、全体として例年よりもすごく集中していたと思います。他の団の応援席に行ってしゃべっている人の姿も少なかったと思いませんか? それから、クラス全員で競技に参加する前に円陣を組んで気合を入れると言う風景も、3年生だけではなく1・2年生でも見られました。これも、競技に集中していたからこそ出てきたことだと思います。
みんな、最初から最後までルールを守り、フェアな態度で、堂々と競技に取り組んでいました。開会式での選手宣誓なんてその場限りのもので、実際に競技が始まるとみんな忘れてしまったかのようにルール破りをしたりすることも少なくないのですが、今年は選手宣誓の内容どおりに進行したから、いやな気持ちを感じずに終わることができたのです。そんな体育祭をみんなで作ることができたことは、生徒会としても大いに自慢していいと思いますよ。
黄ブロックの幟(のぼり)と旗
次に応援団のことに触れたいと思います。体育祭の各応援団には3000円の予算がつきます。これで応援グッズを作ったりするのですが、黄ブロック以外はみんな団扇(うちわ)に色の紙を貼ったものを応援グッズとして採用していました。
3年4組の文化祭準備の関係で、応援グッズの作成が大きく出遅れていて、少しあせりだしたある日、黄ブロックの団長とどうするか相談をした時に、『他の団と同じことはしたくない』という気持ちを聞くことができました。確かに、他の団と同じ事をしようと思っても時間が足りません。そこで、応援団のルールを書いていたプリントに幟や旗のことが載っていたので、そのことを提案すると即決定。早速応援団の女子がきれいな黄色の布を買ってきて、文化祭準備の仕事に余裕ができた照明とホリゾント係、および有志に手伝ってもらって、文化祭の前日という結構ぎりぎりのタイミングで8本の幟と8本の旗ができました。当日、幟と旗で飾られた黄ブロックの応援席はすごく目立っていました。
昼休み前に打ち上げたアローコプターも合わせて、「応援団」に対するイメージを変えることができたのではないかと思っています。今年、黄ブロックだった1・2年生が来年はバラバラになって新しい応援団を作ります。そこでどんな応援を作り出すのか、僕は少し楽しみにしています。もしかしたら、今年の4組の取り組みがきっかけで◇◇中学校の体育祭や応援団が良い方向に変わっていくかもしれません。自分達の行動が知らないうちに大きく影響するなんて、少しうれしいけど、反面怖いなぁとも思います。
ここで注意して欲しいのは、自分の『個性』を大切にするなら、他の人の『個性』も受け入れて大切にしなければならないということ。他の団の団扇がダメだと考えるのは、個性を尊重することにはなりません。
個性の尊重と思い込みの怖さ
これからは『個性』が重視される時代だと言われています。その点で、独自の応援グッズを出せたことは良かったなと思います。逆に、他の団はなぜ『個性』を出せなかったのでしょうか。たぶん、過去の体育祭の経験から体育祭の応援ってこんなものだという『思い込み』があったのだと思います。これは怖いですよ。こんなものだという思い込みは、『可能性』をなくしてしまうことにつながるからです。
例えば、自分の運動能力はこんなものだと思い込んで、もう少し練習すれば新しいテクニックを身につけることができたかもしれないのに、練習をいい加減で済ませてしまい、上達する可能性をなくしてしまう。また、勉強に関して、自分の実力はこんなものだと思い込んで、もう少し努力すれば成績が伸びるかもしれないのに、努力することをやめて可能性をなくしてしまう。ありがちな『怖さ』だと思いませんか?
みんなの可能性はほんとに無限です。自分でその可能性にワクをはめて、小さくするなんてことはやめにしましょう。