「一流」と「二流」の差

スポーツの「一流」と「二流」の差

 そろそろプロ野球では今年の優勝チームが確定しそうですが、なんだか盛り上がりに欠けるような気がしています。ぼくは、あまりテレビでスポーツを見ない人なので詳しいことはよくわかりませんが、去年のプロ野球は楽天が初優勝するのか、田中投手の連勝はどうなるのか、などで面白かったという記憶があります。
 ところで野球に限らず、サッカーワールドカップやテニスの錦織選手の活躍などさまざまなスポーツを見ていると「一流」と「二流」の差って大きいんだなぁと感じることがあります。先ほどふれた楽天ですが、昨年は優勝したのに今年は残念な結果に終わりそうで、田中投手の存在ってすごく大きかったのかなぁと思う人はたくさんいると思います。このようにスポーツの世界では、「一流」か「二流」かによって結果が大きく違ってくることが多いのですが、実はその差はそんなに大きくないかも知れないって教えてもらったことがあります。
 例えば、野球で2割しか打てない選手と、3割打てる選手は契約年俸などに大きな差があります。でも、打率の2割と3割の差って、10回打席がまわってくる間に2回打つか、3回打つかの違いしかありません。10回の打席で打つ回数が1回多いか少ないか、たったそれだけの差なんです。それだけの差が、大きな違いとして扱われるんですね。しかも、たったそれだけの差のために「一流」と言われる選手たちは、また「一流」を目指す選手たちは、毎日トレーニングを積み重ねているわけです。また、食事やトレーニングの方法にもこだわっているだろうし、細かいところまでこだわって道具を選んで手入れもきちんとしているだろうと思うのです。もともと持っているセンスとか能力ももちろん必要だと思うけど、そういった努力の積み重ねを無視して「一流」と「二流」の差は論じてはいけないような気がします。

演劇の「一流」と「二流」の差

 演劇の世界でも、「一流」と「二流」の差は大きいです。出演料の桁が違ってきたりします。すごい差なんですが、その「一流」の技について感心させられたことがありました。
 ある影絵人形劇をやっている劇団がありまして、とても美しい作品を見せてくれました。その作品が終わったあと、劇団員が客席の前に出てきて、会場に来ていたお客さんに簡単な影絵遊びを教えてくれたんです。その中には、中学生なら誰でも知っているであろうキツネもありました。会場にいた子どもたちは喜んでやってみたりしていましたが、大人には「なぁんだ」というような、ちょっとバカにしたような雰囲気が漂っていました。
 しかし、次の瞬間、そんな会場中の雰囲気を一掃する変化が起こったんです。なんと、影絵のキツネに目が現れたんです。別に特別な道具などを使った様子はありません。でも、影絵のキツネは目を持っていたんです。そして、きょろきょろと会場中を見渡しながら、表情を変化させたんです。
 あとで種明かしを見ると、キツネを作っている手の、その薬指を少し動かしただけで目を作っていたのです。あとは、微妙な手の力加減で表情を変化させていたというわけです。ほんの少しの違いだけれども、これが「一流」と「二流」の差なんですね。

「一流」を目指す姿勢

 「一流」と言われる人でも、ほんの少しの差を生むために、無駄かもしれない努力を積み重ねていくんです。「二流」にもならない素人集団(しかも中学生)が、来週の文化祭で劇を発表するためは、やっぱり努力を積み重ねるしかないと思います。本番までに間に合うのかという不安と戦いながら、細かいところまでこだわりを持ってそれぞれの仕事をやりぬきましょう。
 そのために必要なこと、大切なことは、まずみんなの気持ちの持ち方かなぁと思っています。特に役者は恥ずかしいなどという気持ちを捨てて、もっと上を目指そう、少しでも良いものを作ろうとする心構えが必要だと思うのです。
 さらに、その流れにクラス全員を巻き込んでいくエネルギーもぜひ欲しいです。クラス全員で協力するためには、一人一人が自ら行動するのを待つだけではなく、周囲から行動するように促すはたらきかけが不可欠だからです。それが「人を支える」ってことだし、「団結」につながるんです。
 「一流」にはなれないかもしれない。でも「一流」を目指す姿勢だけは最後まで持ち続けて欲しいです。

※この学級通信は 最後の部分を変えることもありだと思います。

人間には 様々な能力があるので ある部分は一流でも 他は二流ってこともあるんです。
そう考えると みんなにも 人に誇れる部分が あると思えるでしょう?
文化祭では ひとりひとりが持っている一流の能力を 出し合うことで すばらしい発表にできると思います。