『意気に感ず』ってわかりますか
前回の学級通信のねらい
この学級通信は5組の生徒だけに配っているのではなく、何人かの先生にも配っていますし、校長先生にも必ず目を通していただいています。だから、先週生徒全員で取り組んだ校内草抜き作業の時に校長先生から『M先生が植えたコスモスはどのへんですか?』と声をかけてもらうなんてことができるわけです。
さて、あの学級通信を配った直後から、『おもしろいですねぇ』とか『思わず笑ってしまいましたよ』なんてことを何人もの先生に言われました。「そうでしょう」などと答えながら、実は心の中では「少し違うんだけどなぁ」ってぼくは思っていました。確かにおもしろい話だと思うし、そういう風につくったんですからおもしろいのはその通りなんです。でも、ぼくの本当のねらいはそこじゃないんです。
5組は文化祭で演劇をやるわけですが、演劇って様々な要素が複雑に絡み合った『総合芸術』ですから、みんながやる気を持って各自の仕事をやりきらないと完成させることはできないんですね。つまり、みんなのやる気をどう引き出すかによって、結果が大きく違ってくるわけです。
担任の先生によって、いろんなやり方があると思います。ぼくの場合は、意表をついたり少し冒険的なアイデアを提示して興味・関心などを引き出したりする手法と、生徒の教育に役立つ可能性があるものであれば何でもどんどん利用することが特徴だと自分では分析しています。
で、本物のコスモスを使おうと思い立って、種を買って、草刈りをして、耕して、種蒔きをして、ホースを買って、水やりをして、草抜きの担当場所を変えてもらって、蜂にも刺されたけどそれ以上に蚊に刺されるので、蚊取り線香を片手に持ちながら水まきをするというきっとはずかしい姿をさらしていたことなどなど、結果的には何の役にも立たなかったけれども、担任のこういう行動の数々を紹介することで、何か伝わるものがあるんじゃないか。こっそり内緒にしておくのは日本人が好む「美徳」かも知れないけど、隠すのではなく学級通信にまとめて紹介することで何かを感じてもらえるんじゃないか。ぼくは、そう考えたんです。
意気に感ず ってどういうことか
人間って、いくら正しいことを言われても素直に行動できないことがあります。例えば文化祭でクラス全員が頑張らなきゃいけないんだぞ!って言われても、それはすごく正しいことだけどなんだか気分が乗らず具体的な行動につながらないというような場合です。
でも、進んで行動している人や何をどうやればいいのかを指示してくれるような人、つまり自分の考えをしっかり持っている人がいたら、自然に、そして素直に行動してしまうようなところも人間にはあります。これはどういうことかというと、「理想を表現した言葉」ではなく、「理想をしっかりと考えている人の、その考えや行動」に周囲の人は影響を受けやすいということです。
銀河英雄伝説という長編小説の中に「人間は主義だの思想だののためには戦わないんだよ!主義や思想を体現した人のために戦うんだ。革命のために戦うのではなくて、革命家のために戦うんだ」というセリフが出てきます。人間の心理をよく捉えているセリフだと思います。
今回の学級通信の見出しにある『意気に感ず』っていうのは、頑張っている人、または頑張ろうとしている人の考えや行動を見て、周囲の人が影響されて一緒に頑張ろうと考えたり行動を共にするようなことを言います。前回の学級通信の本当のねらいはこれなんです。ぼくの行動や考えを伝えることでクラスの中の何人かが「意気に感じて」くれたら、その人たちはきっと頑張ってくれると思います。そして、その人たちが頑張っている姿を目にした周囲の人が「意気に感じて」くれたら… 。こんな感じで連鎖反応がどんどん広がって、クラスの中に頑張るパワーがあふれたら、きっとすばらしい作品が出来上がると思うのです。
目標はひとつ
「意気に感ず」を別の言い方にすれば、「同じ目標を持つ」ことだと思います。誰かが示した目標に納得し、共感したとき、その目標にむけて、その誰かのために、人間は頑張るということです。見た人の心に感動を残したい。むずかしい作業だけど最後までやりとげたい。みんなで力を合わせてすばらしいものを作りたい。こういったことを考える人たちの目にはたったひとつ、同じ目標があるのです。
文化祭で、これが劇だと胸を張れるような、本当にすごい「本物」の劇を、3年生ではなく2年生が発表する。それが、今の5組の目標です。