感情移入と想像力
ナレーターがいない劇
文化祭の練習に当てられる日数はあと10日ほど。これでは準備が間に合わないと言うことで、脚本を大きく書き換えることにしたクラスも出てきました。5組は今のところそのような状態にはなっていませんが、これからが本当に大変であることは間違いありません。特に6人しかいない役者は大変だと思います。
5組の劇の特徴のひとつに、ナレーターを採用していないことがあります。ナレーターが出てきて、すぐに引っ込んでしまう。よく見るシーンですが、そうすると劇の流れがとぎれてしまい、雰囲気が壊れてしまうことがあります。5組の脚本ではそれを避けるためにナレーターをなくして、役者のセリフでカバーをすることにしました。おかげで全体の流れはスムーズだし、役者のセリフを積み重ねることになるので、観客に役者の個性をつかんでもらいやすくなりました。でも、その分、役者の負担は大きくなっています。
役者は大変
役者は、セリフをたくさん憶えなければなりません。そして、その場面の状況や登場人物の気持ちにあわせて、セリフに気持ちを込めていかなければなりません。
でも、一番大変なのは、さらに別にあります。セリフがある場合、声の大小と高低、話す速度、間をどのぐらいとるかなどで結構表現できるし、さらに表情や仕草などを組み合わせると雰囲気が出るので、やってみると案外工夫しやすいなと感じたりするものです。
大変なのはセリフがない時の演技です。誰かのセリフにあわせて、どう演技するかを考えるのはむずかしいんです。表情や姿勢、仕草、動きなどだけで表現するわけで、頭の中で考えながら演技するなんてやり方ではとてもうまく演技できません。
感情移入
『感情移入』という言葉を国語辞典で引いてみると『対象の中に自分の感情を移し入れることによって、対象の感情・動作などを自分のものとして感じる働き』となっています。例えば感動的なドラマを見て涙を流す人は、ドラマの中の登場人物に『感情移入』して、その登場人物が体験したことを、まるで自分自身が体験したことのように感じているのです。
役者の人たちは、自分が演じる人物に対して『感情移入』してください。登場人物になりきると言うことは、そういうことです。なぜ、この人はここでこういうセリフを言ったのか。なぜ、こんな行動をとったのか。そういったことをじっくり考え、理解してください。
きちんと感情移入できたら、自然に身体が動きます。そうすれば、セリフのない時の演技も心配いりません。きちんと感情移入できたら、セリフが心の中から湧いてきます。プロではそういうことがよくあって、おもわず脚本にないセリフをいうことがあります。アドリブといわれるものです。君たちも脚本のセリフに少し違和感を覚えるところがでてくるかもしれません。心から自然にセリフが出てくるようであれば、そちらを優先してもらってもいいのです。
先日、役者の人が「先生、泣くシーンでは目薬を使うんですか?」と聞いてきましたが、観客にわからないように目薬を使う方法を考えるよりも、自分が演じる人物に感情移入して下さい。きっと答えがでてきます。
役者以外も感情移入を
感情移入して、登場人物のことを理解することは役者以外の仕事をする人たちにも必要なことです。小道具の人たちは、おじいさんが5人の子どもたちに麦茶を出すシーンで使うコップは、同じものでそろえないようにしました。家の周りに大量に放置されたゴミと雑草から見て、その家に住む住人は細かいことにこだわらないで生活していることが想像できます。近所とのつきあいもないから「薄気味悪い」と小学生にまで言われるような一人暮らしの老人が、同じコップを5つも持っていないとの判断です。おそらくおじいさんは、家にある湯飲みやらコップやらをなんとか5つかき集めて5人の子どもたちに麦茶を飲ませたと思うのです。そのおじいさんの気持ちが、子どもたちに伝わって交流が深まったのではないでしょうか。
そんな細かいところまで、観客は見ていないかもしれませんが、でも、そういった部分までこだわるみんなの姿勢は、見ている人に何かを伝えるんだと思います。どの係も時間の許す限り「こだわって」ください。おじいさんは、子どもたちは、いったい何を感じ、何を考え、どう行動していったのか。
※ここまででこの学級通信は終了ですが、他の日の学級通信で内容の一部しか公開できない部分があったので少しだけここで紹介します。
5組の場合
ぼくは、学級通信を1枚完成させるのに、だいたい2時間ぐらいかかります。いろいろと考えながら書くので、どうしてもそれぐらいかかってしまうんですね。時には少しずつ、何日かかけて書くこともあります。今回の学級通信は、前回の学級通信を出した日に書き始めました。で、書き始めた時に考えていた最後の言葉は「クラスみんなでひとつの劇を作っているんだと感じることができていないとしたら、今までの5組の取り組みは大失敗です」というような内容でした。ところが……
先週、ほんの少しの時間ですが役者たちの練習風景を見に行きました。活発に意見を出し合い、立ち位置やセリフのタイミングなどを一生懸命考えていました。また、その部屋には音響係もいました。演技の内容に合わせたBGMを考えるために見に来ていたのです。しばらくすると、ゴミ袋チームがとりあえずゴミ袋を19個完成できましたと報告に来ました。ちょうど演技の練習をしている場面でそのゴミ袋が必要だったから、すぐに持ってきてもらいました。19個のゴミ袋を運んできた人たちを見ると、そこにはゴミ袋チームだけではなくて、別のチームの人も混じっていました。手が空いたので自主的に手伝ってくれていたようです。
一部の人だけがしんどい思いをして作るのではなく、みんなで作り上げるんだってわかっている人は、こんなにもいっぱいいたんですね。なぁんだ。 うれしいな!