精神レベルを高めよう
3年生を送る会で
今年の3月にあった、3年生を送る会を思い出してください。当時の1年生、つまり君たちはメッセージカードを書き、苦労しながらミサンガを応用したストラップを作りました。同時に文化委員は思い出の写真を中心にしたビデオを用意して、体育館で披露しました。
ビデオカメラの操作も写真選びもみんな文化委員がやったのですが、そのビデオ作品の中に3年生が写っている授業中の様子を写した写真と、実際にその教室へ行って誰もいない教室の映像とを交互に見せるシーンがありました。3年生が卒業してこの中学校からいなくなり、さびしくなりますねというような気持ちを表現したつもりです。ところが、実際に見ている3年生の中には、誰もいない教室の映像が流れるたびに「この部分はいらん」などと言うような人がいました。
このような映像作品とか絵画やモニュメントのような芸術作品は、見る側の心の持ち方というか姿勢によって、作り手側の思いや意図がうまく伝わるかどうかが変わってきます。精神的なレベルを作り手側と同じレベルまで高めれば、その思いや意図はきちんと伝わります。思い出のビデオでは、うまく伝えられなかった部分があったということです。少し残念ではありましたが、きちんと受け止めてくれた人もいたと思うし、多くの人に楽しんでもらえたので苦労した甲斐はあったと思っています。
精神的なレベル
精神的なレベルがあっていないために、発信する側と受け取る側の思いや意図がうまく伝わらないってことは、他にもたくさんあると思います。友達のために良かれと思ってやったことなのに誤解されて人間関係のトラブルになったなんて経験ないですか?
勉強についての親と子どもの意識といったもののずれも、発信する側と受け取る側の思いがうまく伝わらないという点ではとても似ていると思います。親を含めて君たちよりも長く生きている人たちは、今まで生きてきた経験の中から教訓として勉強をきちんとしていないと苦労することが多いと感じているものです。自分自身もっと勉強しておけばよかったと後悔していることもあるかもしれません。
去年の3年生の卒業式での言葉に次のようなものがありました。
二年生までは、受験というものを軽く見ていましたが、三年生になって初めて本気で自分と向き合いました。三年生になっても、どの道に進みたいのか分からず、またどんな勉強をしていいのか、よく分かりませんでした。二年生のときの職場体験や進路の話を聞いて、自分の進路を考えようとしましたが、やっぱり不安で、受験生になるのが嫌でした。(中略)
受験勉強はつらくて苦しくて、親や先生にも言われたりして、すごくプレッシャーを感じ、家で進路の話をして口論になった時もありました。頑張らないといけないと思っていても頑張れない時や、三年生になってから勉強を始めるようでは遅いと感じる時もありました。もっと一、二年生の時から勉強しておけば良かったと思った時には手遅れで、三年の一年間はあっという間に過ぎていきました。
君たちよりもたった2学年上の先輩でもこのように感じているんです。大人だったら経験の数はもっと多いのですからなおさら強く感じているでしょう。だから「勉強しなさい」と言い続けるのです。
まだ時間はあるからと油断していたり、どうせ自分は頑張って勉強しても点数は取れないからなんてあきらめたりしている人はいませんか? 勉強を頑張るのはしんどいからその場その場をうまくごまかして楽をしたり、逃げたりしている人もいるのでは? また、勉強をどう頑張ればいいのかよくわからないし、将来のことは不安だけど考えてもやっぱりわからないから、それが原因でもっと不安になってしまうので現実から目をそらしているような人もいる気がします。でも、それではぜんぜん前に進まないことはわかっていると思います。
また、ちょうど反抗期で大人の言うことについつい反発してしまう人もいるかもしれません。しかし、いくら反抗期でも、反抗してばかりではなく、素直になってきちんと受け入れるべきことは受け入れるべきです。
精神のレベルを高め、人生の先輩の言うことに耳を傾けてみませんか? そして、自分が何をしなければならないかをよく考えて、行動してみませんか?