『基準』と『限界』

クラスの様子

 いよいよ今週の木曜日から中間テストです。この土日にはしっかり勉強を頑張ることが出来たでしょうか?
 今回のテストに向けての〇組の様子を見ていて、担任として少し心配していることがあります。授業中はそんなに騒がしくなったりしないようで、その部分については安心しているんですが、もうすぐテストだというのに「テストをがんばるぞ!」という雰囲気というか、みんなのエネルギーみたいなものを感じないのです。しっかりやる気を持って勉強に取り組んでいる人からは、「何か」が自然ににじみ出てくるものです。ちょっとした仕草や行動、態度と言ったものの中に、周りで見ている人に伝わったり、感じさせたりする「何か」が含まれているものなんです。
 しかし、現在の〇組ではその「何か」が薄いなぁと感じるのです。調理実習の関係で、僕が教室で一緒に昼食を食べる回数が減っているから感じにくいだけで、実際にはそうではないのかもしれませんが。
 でも、テスト前にはテストに関するいろんなプリントが配られますが、必ずそれらのプリント類はクラスの人数よりも多く用意されているので、何枚か余ります。そのプリントを家での勉強用にもう1枚欲しいと希望する人にはどんどんあげているんですが、それを取りに来る人が少ない。クラス独自のテスト予想問題をつくろうと呼びかけても、すぐにそれに反応する人も少ない。放課後に教室に残って勉強したいと言う人もいません。3年生ではここ数日、教室のカギが下校時間ぎりぎりに職員室に戻ってくるクラスが何クラスかあります。どうやら教室に残って勉強を頑張っているようです。
 〇組はこのままで、ほんとうに大丈夫なんでしょうか?

『基準』と『限界』

 先月の学級通信で、『基準』についてふれました。そこでは基準をどこに置くかで、結果は正反対になってしまう可能性があることを説明したつもりです。  ※2年生4月にUPした「最高気温から学ぶこと」を参照してください。
 勉強についても、そのことが当てはまるんです。みんなは、過去の自分のテスト勉強について、それぞれのやり方でやってきたと思います。時間の使い方や教科書や参考書などの利用方法など、少しずつ違っているはずです。そして、それを『基準』にして、今回も同じようなやり方でやっている人も多いと思います。
 でも、ちょっと考えてください。その『基準』は本当に完璧ですか? そのやり方で間違いないですか? 勉強の内容が難しくなってきているのに、今まで通りのやり方を変えていない人。それは、今までのやり方でいいのだと、自分をだましている、またはごまかしているのではないでしょうか? また、今までのやり方では思うように得点が伸びていないのに、自分の限界はここまでだと自分でかってに決めつけて、今までの勉強方法を続けていませんか?
 新しい勉強方法に挑戦したり、もっと勉強に時間をかけたりするよりも、今まで通りのやり方を続ける方が楽な事が多いです。少なくとも、新しく変えようとすればその分エネルギーが必要になりますからね。そこで、ここが『限界』だと自分で決めて、自分を無理矢理にでも納得させ、不安を隠して安心しようとする。よくある心の動きです。

みんなでチャレンジしよう

 人間の『限界』って、実は誰にもわからないことが多いです。周囲の人はもちろん、自分でもわからないのです。だから、限界を見極めるには挑戦するしかないんです。時間をかけて、いろんなやり方を工夫して、繰り返し繰り返し何度も挑戦していくことで、初めて限界が見えてくるんです。自分でかってに限界を決めても、だいたいそれは本当の限界ではありません。
 僕は、全員に100点を取れ!といっているわけではありません。自分の本当の限界を目指せと言っているんです。100点取れる人は100点を、60点取れる人は60点を。それぞれの本当の限界を目指して、みんなはもっとチャレンジするべきだと言いたいのです。
 クラスの中には自分一人では頑張れない人もいるので、頑張ろうとする気持ちを持っている人は、ぜひそれを隠さないでオープンにしてあげてください。周囲の人の頑張っている姿は、自分も頑張ろうという励みにつながるからです。そうやってお互いによい影響を与えあいながら、みんなで頑張っていこうよ。それが、〇組の学級目標で目指す「よいクラス」なのではないのでしょうか。
 テストまで残り日数は少ないけど、今日から頑張るだけでもずいぶんと結果は違ってくると思いますよ。