修学旅行 シミュレーション物語 飯田農業体験編

 学校によって修学旅行の行き先は違うことがあります。そこで、長野県飯田市に行って、生徒が数人ずつに分かれて農家にファームステイし、農業体験をしていた学校で配ったシミュレーション物語から、ファームステイの部分だけを抜き出して投稿してみます。ただし、かなり前のものなので現在の取り組みとは内容などが変わっている可能性があります。

農家へ

 長野県ってめちゃくちゃ遠いと思っていたけど、お昼ご飯を食べる場所はもう長野県だった。日本地図で見たら長野県ってかなり広い。その南の端の方が飯田だった。だから、思ったよりも早く到着したんだな。よかったぁ。それに、バスレク係も頑張ってくれたし、バスガイドさんも面白い人だったから、バスの中では楽しく過ごせたことも良かったと思う。
 バスを降りたところは飯田市の総合運動公園で、クラスごとに集まってさっそくお弁当を食べます。お弁当を広げる前から『おかし、食べてもいいですか?』と聞いているのは阿部君。『お弁当を食べる前に、何を言ってるんや。それにいつ食べていいかは、しおりに書いてある!』と担任の先生に怒られていました。中学3年生なんだから自分でしおりを読んで行動するのは当然だと、私も思いました。
 お弁当を食べたら、お世話になる農家の地域ごとに、それぞれの場所に向かってバスは出発します。私の乗ったバスは最後に出発だったから、何となく他のバスの行く方向を見ていたら、公園を出て右に行くバスと左に行くバスにわかれていました。この運動公園に農家の方が迎えにくるのを待つ人たちもいるから、ほんとに広いエリアに分散するんですね。
 しばらく走ると、自分たちの名前を書いたプラカードを持ったおじさんやおばさんが集まっているところに到着しました。バスを降りて、自分たちがお世話になる方のお名前を探して大きな声であいさつをします。するとおじさんが私たちの名前を呼んでくれました。事前に自己紹介の手紙と写真を送っていたから、すぐにわかったんだそうです。すごく笑顔が優しそうで、正直ホッとしました。ここからそれぞれお世話になるおじさんの車に乗って、ファームステイがスタートです。

農業・酪農体験 リンゴ農家の場合

 おじさんの車に乗って家に着いたらすぐにりんご園に行きました。まずリンゴについてお勉強。リンゴはバラ科の植物で、花は5つの花がかたまって咲くこと。寒い場所でしか栽培できない植物で、日本では南限が長野県だということ。だから、このまま地球温暖化が進むと長野県では栽培できなくなって、おじさんたちがとても困ること。などを教えてもらいました。
 体験した作業は摘果(てきか)といって、5つの小さな実がかたまっているところから、きれいで大きめの実を1つだけ残して、それ以外の4つを手でちぎって捨てる作業でした。すごくもったいない気がするけど、こうしないと栄養が十分に行き渡らなくて大きくておいしいリンゴに育たないんだそうです。
 具体的なやり方を説明するとき、おじさんは「ここの部分をおしょる」と言いました。たぶん方言だと思うけど意味がわからない。テレビドラマなんかで、英語を聞いてわかっているフリをしてしまった人が出てくるのがあったけど、同じ班の人を見ると黙っているし、僕もわかっているフリをしてしまいました。わからないときはちゃんと聞けばよかったと、後悔しました。
 1本の木に小さなリンゴの実が数百個~千個ぐらいはついていて、こんな木が何十本もあるから、はしごにのったりしながら次々と摘果作業をやりました。実に傷がつくと商品価値がなくなるので、ていねいにしなくちゃいけないから、精神的にも肉体的にもこの摘果作業はしんどかったです。そのうち一緒に作業をしていた友達が『だるっ! なんでこんなことしなあかんねん』と叫びだしました。こいつ、なんてことを言い出すんやと思ってそばにいるおばさんを見ると、唇を少しかみ、目がうるんできたなと思ったら涙をあふれさせていました。
 『え、あ、いや、その… 』 叫んだ「ヤツ」はあきらかに動揺しています。そこへ別の友だちが『あ~、おばさんを泣かした~。なんてひどいことをするんや!』と言い出しました。ますます動揺する「ヤツ」。涙を流しながら下を向いてしまったおばさん。間に挟まれてどうしようかと困ってしまう僕。
 そこへおじさんがやって来ました。状況を短く説明すると『おじさんたちは、この仕事にすごく誇りを持っている。それを「こんなこと」のような言い方をされると悲しくなっちゃうんだ。わかってくれるかな。お前もこんなことで泣くんじゃない。この子が困ってるじゃないか。慣れないことをやって少し疲れたから、心にもないことを言っちゃっただけだと思うよ。そうだよな』 おじさんのナイスフォロー。その後は、みんなで仲良く最後までがんばりました。
 作業が終わったあと、おばさんがリンゴジュースを持ってきてくれました。それがものすごくおいしかったです。リンゴをそのままギュゥッと絞っただけで、熱処理などをまったくしていない超フレッシュなジュース。しかも、その日の朝に絞ったばかりのもので、店では売っていない味なんだそうです。家では絶対にできない体験だな。ラッキー♪ さっきおばさんを泣かせてしまった「ヤツ」も、おばさんにおかわりを注いでもらって笑顔を見せていました

農業・酪農体験 稲作農家の場合

 家の前に広がる広い田んぼが、全部お世話になる農家の田んぼでした。私たちのために田植えをする場所を用意しといてくれたそうで、そこは学校のプールぐらいの広さがありました。ヒモがたてよこに何本か張ってあり、それを目印にしてまっすぐに植えるんだそうです。行く前は田植え機を使うんだと思い込んでたけど、とにかく本格的な体験をしてもらうことが飯田の「売り」なんだそうで、手で一本ずつ田植えをすることになりました。
 裸足になって、田んぼの中に入ります。う~ん。何と言ったらいいのか、とっても表現に困る感触が足から伝わってきます。にゅるにゅるというような感触、妙にぬるい水と少し冷たい泥の絶妙なハーモニー? さらに、泥の中に何かがいて噛みつかれたりしないかという未知のものへの恐怖が混じりあい、とても複雑な気分。そんなこちらの気分には関係なく、苗の束を笑顔で渡してくれるおじさん。こうなったら仕方がない。覚悟を決めて、教えられた通りにやってみる。何とも言えない感触が今度は手に… 
 でも、慣れてくると結構おもしろい。家では絶対にできない体験だな。いつのまにか泥のついた手で顔を拭いたのか、友達の顔に泥がついている。思わず笑うと私の顔にも泥がついていると言われ、みんなで大笑いになった。
 さぁ、田植えを再開だ。苗をいくつか植えたら移動するんだけど、バランスを取りながら足をうまく動かさないと足が泥から抜けなくなってあぶないことになる。最初は慎重にやっていたんだけど、慣れてきて油断してしまったようで危うくこけそうになった。おじさんが「慣れたころが一番あぶねぇんだ」と言ったとたん『きゃぁ』と言う声とバシャッという音が聞こえた。振り向くと友達が田んぼの泥の中に倒れている。服も顔も、髪の毛まで泥だらけ。でも、そんな状態になっても手に持っていた苗をしっかり守っていたのは根性だな。本人は泣きそうになってるけど、まわりはみんな大ウケ。
 なんか、笑ってばかりで、いつのまにか農家のおじさんおばさんとはずっと前からの知り合いのような気分になった。とにかく泥だらけになった友達は、おばさんと家に戻ってシャワーと着替えと洗濯をしに行く。おじさんと残った三人は田植えを続けました。
 途中からシャワーと着替えを終えて復活してきた泥娘?と一緒におじさんと四人で頑張りました。ずっと中腰を続けているから腰が痛くなってきたけど、きれいに並んだ苗が吹いてきた風に一斉に揺れているところを見るとなんだかうれしくて、また元気が出てきて、最後までできました。その時のおじさんとおばさんの「よく頑張ったな」という言葉と笑顔は、一生忘れないと思います。

農業・酪農体験 酪農家の場合

※このコーナーだけは「私」を「わたくし」とお読み下さい。

 私たちがお世話になるお家は、肉牛ではなく乳牛を育てていらっしゃいます。そのお家の横には親牛用の大きな牛舎と、少し小さな子牛用の牛舎とがございました。おむかえの車を降りますと、独特のにおいがいたしました。
 私たちのお仕事は、親牛用の牛舎のお掃除からでございます。まずは60頭ほどいる親牛様たちにごあいさつを申し上げました。極上のフィレステーキなどは幾度となく食したことがございますが、生きたお牛様をこんなにも間近で見るのは初めてで、私はその大きさに圧倒されました。しかしながら、その澄んだ目の美しさに感動いたしましたことも、また事実でございます。
 おじ様のご説明を受け、さっそくお牛様たちのお糞を集めては一輪車に乗せ、ご指示いただいたところへとお運びいたします。集めたものは、後日、発酵や乾燥などの加工を経て「牛糞」として美しいお花や美味なるお野菜などの肥料になるとのこと。すばらしいリサイクルの現場がここにございました。さらに、古くなった敷き藁を新しいものと交換いたしますと、牛舎の中がさわやかな空間になったようにさえ感じました。きっと私だけではなく、一緒に作業をした他の方々も同じ感想を抱いたものと思います。我が家では絶対にできない体験でございます。
 さわやかな気分に浸っておりますと、目の前にいたお牛様の尾がすっとあがり、水平近くに伸びたようになりました。いかがなされたかと思っておりましたら、そのお家のおじ様が「少し後ろへさがろうか」と申されました。おじ様のおっしゃられた通りにいたしますと、お牛様のお糞がボタボタと出てまいりました。お牛様は、排せつをなさる際にはこのように尾が水平に伸びるもののようでございます。皆様方もお気をつけ下さいませ。しかし、たった今、この私がお掃除をしたばかりところにお糞をなさるとは、『このボケ牛!』と心の中に軽い怒りが一瞬湧きあがったこと、今では、はしたない事であったと後悔しておりまする。
 気を取り直して、えさとお水を補給いたしまして、さらに子牛たちにはミルクをあげました。親牛からとった牛乳は人間が飲むために売るので、子牛たちには専用のミルクを飲ませます。大きな体の赤ちゃんではありますが、一心にミルクを飲む姿はやはり可愛いものでございました。しかしながら、おじ様から伺ったところによりますと、この子牛たちのうち牛乳を出さないオスは乳牛の牧場ではいらないから、肉牛用として育てる牧場に売るのだそうで、ここで数カ月ほど飼育された後、お別れになるとのことでした。私の心の中を、なんとも悲しい思いがよぎりました。顧みますれば、私たちは他の生き物のお命を食べさせていただいているのだと、あらためて感じました。これからも、決して食べ物を粗末になどするまいと、心に堅く誓いました。

農業・酪農体験 野菜農家の場合

 長野県と言えばレタス。でも、僕たちがお世話になった家はハウス栽培のきゅうりとトマト、アスパラガスが中心の農家だった。
 畑に行ってまずは説明を聞く。きゅうりもトマトも、本当は夏の野菜だけどビニールハウスで栽培することで一年中収穫できる。でも、最近石油の値段が騰がってきて、冬の寒い時期にハウス内を暖めるのにお金がかかり、とても苦労しているそうです。
 アスパラガスもハウス栽培で長期間収穫できる野菜です。知らなかったけど、レタスと同じようにアスパラガスも長野県が出荷量日本一なんだそうです。アスパラガスには白いのと緑色のとがあるけど、あれは品種が違うのではなくて育て方が違うんだそうで、芽が出ても光があたらないように土を25cmぐらいかぶせると白いアスパラガスに。光をたくさん浴びるようにしたら緑のアスパラガスになるんだそうです。この家では、緑のものだけを栽培しています。アスパラガスは、株(根っこ?)からいくつも芽が出てくるので、それを順番に収穫していくんだそうで、同じ株から数年間は収穫を続けることが出来るらしいです。
 僕たちが作業をするのはきゅうり。実は、アスパラガスの株には休ませる期間が必要だそうで、今がその時期なんだそうです。株を休ませるには伸びてきた何本かのアスパラガスを収穫せずにそのまま成長させて、葉をしっかり茂らせて、根っこの部分に栄養を蓄えさせるんだそうです。ところが、何年か前にそんなことを知らない中学生に畑の雑草を抜いてくれるように頼んだら、雑草と間違えてせっかく育ったアスパラガスの葉を全部抜いちゃったらしくて、大損害があったと言うんです。確かに、成長したアスパラガスなんてきっと同じクラスの誰も知らないよな。
 そんな話を聞いたら、きゅうりの世話をするのは大丈夫かと緊張したけど、言われた作業内容はわかりやすいもので安心しました。ただ、きゅうりのビニールハウスだけでもいくつもあって、さすが大阪とはスケールがちがいます。全部のハウスで作業が終わったら、もう夕方でした。「もしかして、おじさんはこんな作業を一人でやってるんですか?」と聞くと「もちろん家族総出だよ。収穫の最盛期には日曜の休みもないよ。でも、食べたお客さんからおいしかったよって、言ってもらうのがうれしくて頑張るのさ」みたいな返事が返ってきました。ちょっと感動しました。
 家に戻ると風呂が用意してあって、すぐに入浴。そして食事。何が出るかと思っていたら蜂の子のバター炒めといなごの佃煮が…  出た! 長野県飯田あたりの名物、虫料理だ! おじさんもおばさんも、あきらかに僕たちの反応を見て楽しんでいる。仕方がないから、四人一緒に「いっせーのーで」の合図で目をつぶりながら口に入れてみた。口の中に入れたけど、この先はどうするねん。半分泣きそうになりながら、そっと噛んでみる。ん?食べてみると、おいしいやん。家では絶対にできない体験だな。

その頃、担任たちは

 生徒たちが、どんな体験をしているのか、その様子を見てみたい! どのクラスの担任も考えることは同じです。しかし! 現地で用意できる車は1台だけ! これではあちこちに広がっている54軒の農家すべてをまわることができません。その結果生徒たちの知らないところでこんなドラマ(?)が…

 担任1「じゃぁ、さっそく私のクラスからまわりましょうか」
 担任2「こういうことは先輩が先やろ」
 担任1「そんなん、関係ないですって。若い者を育てるという意味でも、ここは私に…」
 担任2「僕の教師生活、何年やと思う?」
 担任6「まぁまぁ。お二人とも。少し落ち着きましょう。実は良い解決方法があるんですよ。僕のクラスから行くということで…」
 担任2「却下!」
 担任6「なんでですか?」
 担任1「あ、担任5。いつの間に助手席に座って、すましてはるんですか」
 担任5「さぁ、行きましょう」
 担任1「私も乗ろ」
 担任2「僕が先です」
 担任6「まぁまぁ。お二人とも。実は良い解決…」
 担任2「却下!」 
 担任3「運転手さん、僕が運転しますから、どうぞ休憩でもしといて下さい」
 運転手「それはどうも」
 担任2「その手があったか!」
 担任3「頭はこうやって使うんですよ」
 担任1「あれ、担任4、どこに行かはるんですか?」
 担任4「車が一台だけと聞いていたので、僕は、歩いてまわろうかなと」
 担任5「でも、めちゃくちゃ遠いですよ。道もわかるんですか?」
 担任4「だから一番軽い靴を持ってきたんです。しかも、前の学校でここには何度か来ているから、ある程度土地勘もあるんです。念のためにほら、世界地図を持ってきてます。これさえあれば、地球上ならどこでも迷いませんから。では」
 担任5「えっ…? なんか… 」
 担任1「私も走って行こうかなぁ」
 担任2「若いモンは、どんどん行っていいよ」
 担任1「やっぱり、やめときます」
 担任3「さぁ、行きますよ」
 担任6「ちょっと待ってください。若いと言われなくてもええから、僕も乗せてください!」
 担任2「早く行かないと、時間が足りないよ。もう行くよ」
 そんな様子を眺めている人影がひとつ。走り去って行く車と歩いていく一人を見送って、その人影はとても深く、大きな、そして深刻なため息をひとつついた。
 校長「去年も修学旅行に来たけど、去年の担任はこんなことなかった。こんなんで、ええんかな… 」
そしてまた、ため息をひとつ。こうして修学旅行の一日目は、暮れていったのでした。