「№1よりONLY1」? のつづき

個性を大切にすること と わがまま

 「№1よりONLY1」が今のように広まったきっかけは、たぶん今は解散したグループがヒットさせた歌の中にある歌詞でしょう。また、この歌の歌詞の中には、他と比べたり1番になろうとすることについて疑問だというような表現もあります。
 この歌詞を聞いて、「個性」を大切にしようってことにつながるんだろうなと僕は思っているけど、この「個性」をどうとらえるかが結構難しい。一歩間違えるとそれは「わがまま」になってしまうからです。しんどいことやいやなことでも自分の気持ちを切り替えて努力するとか、自分なりのやり方で工夫して取り組むとかしたら、それは間違いなく「個性」ですが、しんどいことやいやなことはしないでやりたいことだけをするとなると、それは「わがまま」になりやすいんです。本当に「個性」を大切にするのなら、しんどいことやいやなことから逃げてばかりではダメだと思うのです。
 また、一部の人の「わがまま」だけがクラスの中にあったら、周囲の人たちは迷惑だし嫌な気分になってしまいます。そんなのは目指すべきクラスの姿ではありません。
 №1を目指すと「個性」がつぶされてしまうような気になってしまう人が案外多いかもしれません。しかし、№1を目指さずに一人一人がバラバラの目標を目指してクラスが一つにまとまるのか? と思うし、クラス一丸となって№1を目指さないのもなんだか変だと思います。

比べないでどうする

 「個性」を大切にするって方向性は間違っていないと思うし、そうすべきだと思います。ただ、だからといって他の人と比べないようにしようというのはすごく矛盾していると僕は思います。だって、他の人と比べることで一人一人の違いって見えてくるものでしょう? そして、それを個性って呼ぶのでしょう? 人と比べなきゃその人の個性は見えてこないのに、どうやって個性を大切にするんだ? そう思うのです。
 子育ての本なんかを見ても、「自分の子を他の子と比べてはいけません」みたいなことが書いてあったりします。それは絶対におかしいと思っていました。いけないのは比べることではなくて、比べることで見えてきたほんの一部分だけでその人を判断したり決めつけたりすること。できることできないことをもとに優劣をつけて、そのことを理由に上から目線で見たり攻撃したり傷つけたりすること。そして、その人の可能性まで否定することなどです。

№1を目指そう

 体育祭や文化祭の劇、テストや勉強など、それぞれの場面でクラスみんなが№1を目指して『自分らしいやり方』でクラスのために頑張れた時、それが本当に「個性」を生かすということだと僕は思います。そのために自分には何ができるのか、もっとできることはないかをいつも考えてほしいです。
 中には自分と他人とを比べて自分には良いところが全然ないと思い込んでしまう人がいます。しかし、良いところがない人は一人もいません。ただ、自分の良いところが見えていないだけだと思います。こんな時は周囲が気づかせてあげると、見違えるように自信を取り戻すことがあります。「ほめて人を育てる」とか「人を伸ばす」ということは、こういうことなんです。だから、「ありがとう」や「すごいね」などの言葉があふれるクラスの生徒は、イキイキしてるし大きく伸びるんですよね。もちろん、いろんな人とのコミュニケーションも大切にしてほしいです。そうじゃないと、「ありがとう」や「すごいね」などの言葉がやりとりできませんから。
 宿泊学習のような行事はこういったことができるチャンスなので、自分の個性を生かしながら周囲と協力してしっかりと取り組んでほしいです。
 №1を目指すといってもどんな№1を目指すのかもよく考えなくてはいけません。なぜなら№1にもいろいろあるからです。体育祭の全員リレーで1位をとるのと文化祭の劇で最優秀賞をとるのとではずいぶんと違うでしょう?
 それから、№1を目指すのにどのような方法で目指すのかも大切です。結果が良ければどのような手段でもよい。そんなわけないですよね。許される条件の中でどう工夫をしていくのか、それがクラスの力の見せどころであり、クラスの個性です。みんなで№1を目指しましょう。