学級通信の文章をどのように書くか

 僕の学級通信を読んだ先生から「どうしたらこんな文章が書けるんですか?」と聞かれることがたまにありました。こういう形で褒め言葉をいただけるとうれしくなりますが、申し訳ないことにあんまり理論的に考えて文章を書いてるわけではないんですよね。思い浮かんだ言葉を並べるだけという感じです。文章全体の構成というか流れすら事前に考えていないことがあったりもします。だから、こんな質問をされると困ってました。
 でも、これで終わっては質問をしてくれた先生に対してあんまりだよなぁと思うので、時事ネタをもとにして僕の思考パターンを紹介してみようかな というのが、今回の投稿のねらいです。さて、うまくいくでしょうか?

日本は核武装すべきか  文章のスタート

 ロシアがウクライナに侵攻する事態を受けて、世界中にいろんな影響が広がっています。日本では将来他国から攻められないようにするためには、核兵器で武装するしかない! と発言している人たちがいます。

 この文章をスタートとして考えました。このあとに、次のような文章をそれぞれつなげるものとして、お読みください。

反戦平和 に 展開する場合

 僕は、この意見に対してすっごく違和感があるというか、納得できない気持ちがありました。僕は広島にも長崎にも行ったことがあって原爆の実際の被害のあとを見学し、被爆した方の話を直接聞きました。広島では慰霊碑を40か所ほど回ったときに、涙を流しながら慰霊碑に刻まれている名前を指でなでていた女性の姿も見ました。太平洋戦争が終わって何十年もたっているのに。悲惨な経験で核兵器の恐ろしさを理解していたからだと思います。
 日本は世界で唯一の被爆国です。その日本が他の国に住む人たちに同じような悲惨な経験を与える兵器を持つことは避けなければならないと思うのです。広島の原爆死没者慰霊碑に刻まれた「安らかに眠ってください 過ちは繰り返しませぬから」という言葉を、しっかり噛みしめるべきだと思います。

考えること と 仲間の存在の大切さに 展開する場合

 僕は、日本が核武装することは反対です。でも、日本も核兵器を持つべきだという意見に対して、どう反論していいのか言葉に詰まりました。こちらから攻めるつもりはなくても相手から一方的に攻められることもあるという例を、今、世界中の人たちに見せつけられているからです。だから考えました。核武装しないで平和を保つためにはどうすればいいんだろう? これは、なかなかむずかしい問題です。
 考えているうちに、これは答えが見つかるまで「考え続けること」がとても大切なんだと思えてきました。それに、一緒に考える仲間を増やすことも大切だなとも思いました。仲間と一緒に考えることで僕がなかなか思いつかない考えを、見つけられる可能性があると思うからです。
 これからも日本で生きていく君たちは、ぜひ、このことを考え続けてください。そして一緒に考える仲間を見つけて、大切にしてください。

理想と夢の話 に 展開する場合

 日本の核武装を求める人の考えには、一度核兵器という強大な力を手に入れた国が、簡単に手放すはずがない、という前提があるように思います。それに今核兵器を持っている国すべてが、お互いを信用しないと核兵器を手放すことはできませんが、今の状況をみるとむずかしいでしょう。だから、世界中から核兵器をなくそうなどという考えは甘いし、不可能だ。核兵器の廃絶が無理なのだから、日本も核兵器を持つべきなんだ。という流れなのでしょう。
 僕は、日本が核武装するのではなく、世界中からすべての核兵器を廃絶する方向へ進むべきだと思っています。確かに難しいと思います。いつになったら実現できるのか、そもそも実現できるのかさえ、わかりません。
 でも、だからと言って、あきらめていいのでしょうか? 核兵器が世の中からなくなれば、脅すことも脅されることもなくなります。核兵器が使われて、一瞬で亡くなるとかけがをする心配もなくなります。核兵器を開発するための費用や維持するための費用などもいらなくなります。
 そんなものは理想で、しょせん夢だよ、などと言われるかもしれません。でも、僕は、未来の話をするときには理想を掲げ、夢を語るべきだと思っています。だから、僕は未来を信じて、人間の力を信じて、核兵器のない世界の実現という理想をみんなの前に掲げ、世界中が平和に過ごせる夢を語りたいと思います。
 人類の長い歴史の中に光明はあります。その当時最強の武器を捨てて200年以上大きな戦争のない平和な時代を築いた国があるからです。その国の名は日本。戦国時代に大活躍した鉄砲を日本中から一掃して江戸時代に進んだ日本。同じように世界中から核兵器を一掃して平和な世界に。難しいけれども無理ではないと思わせてくれる話です。

いじめの話 に 展開する場合

 突然話は変わりますが、学校の先生がいじめについて、あきらめてもいいでしょうか? いじめは、なかなかなくなりません。大人にわからないように、教室やネット上でおきたりします。いじめがなぜいけないのかを授業などで話をしているし、いじめにつながる情報や兆候をキャッチしたらすぐに確認をして、事実であれば解決に向けて対応します。いじめはあってはいけないんだと、何度も訴えています。それでも、いじめは簡単にはなくなりません。
 では、いくら頑張ってもなくならないから、学校の先生がいじめについて、あきらめてもいいですか? もちろん、そんなことはしません。時には生徒の話を聞いて指導をして、保護者とも話をするために家庭訪問して、次の日からどうするか会議を開いて、何日も続けて夜の9時や10時まで学校に残ることもありますが、それでもなかなか解決できないこともあります。しかし先生たちはあきらめません。というより、あきらめることを許されていません。いくら困難であっても、取り組み続けます。
 核兵器といじめを同列に扱って話をすることはおかしいのかもしれませんが、あらためて核兵器の話をします。
 核兵器を世界中からなくすことは、かなりむずかしいと思います。でも、むずかしいからといって、すぐにはなくせないからといって、政治家があきらめてもいいのでしょうか? 核兵器に関することは学校の先生が担当する範囲ではありませんが、先生たちがいじめに対してあきらめないように、政府や国会議員もあきらめないでほしいです。唯一の被爆国として、世界中に核兵器の悲惨さを伝え、核兵器廃絶のための道筋を示していく取り組みを続けてほしいです。

攻撃するのではなく 話し合いを に展開する場合

 日本が核兵器を持つべきなのか、それとも今のまま核兵器を持たないのか。判断するのは難しいです。いろんな要素が複雑に絡むからです。だから、きちんと話し合いをするべきだと思います。ぜんぜん違う方向性だから時間もかかるでしょうが、それだけの価値はあるはずです。
 しかし、最近、自分と違う考えの人に対して、攻撃的な言葉をぶつけたり、マウントを取ろうとしたりする人がいるんですよね。特にネットなどで目立ちます。そんなことをしても、集団や組織にとって何のプラスにもならないのに…。
 集団や組織では、話し合いで意見がまとまらなければ最終的にはリーダーが判断しますが、その判断の前にしっかりと話し合いをすることが大切です。リーダーが正しい判断をするためには、いろんな考え方を出し合う話し合いが必要なのです。メンバーがきちんとした話し合いをせず、お互いを攻撃していてはリーダーの判断の役に立たないことはわかるでしょう。
 まず君たちには、話し合いの大切さを理解してほしいです。自分の考えを発表することも、他の人の考えを聞くことも大切なんです。そして、誰かを攻撃するのではなく、お互いの考えを尊重して仲良くなる生き方を目指してください。

まとめ

 こんな実験的な取り組みをやる意味は? などと思いながら書きました。まぁ、今までにやったことがない取り組みだったので、いい経験にはなりました。
 この投稿で僕が言いたいのは、文章のスタートが同じでも、その続きにどんな内容をつないでいくのか、結構自由だということです。その学級通信を出す時に担任として言いたいことやクラスに必要なことなど、いろいろとつないでいけばいいのです。僕の基本的な学級通信の思考は、こういう感じです。
 ですから、僕の過去の学級通信の文章の中にいいな、使いたいなというものを見つけたら、その部分だけを取り出して、あとは自分の文章でつないでいくパターンもありだと思っています。うまく使えて先生の負担が少しでも軽減できるのであれば、僕はうれしいです。