「生きる」ということは 成長することだ!
定年退職に伴って荷物の整理をしていたら、パソコンやワープロが登場する前の手書きしていたころの学級通信の一部が出てきました。4月10日に投稿した「命はつながっている」と元ネタが同じですが、こういう話の展開もありかな と思ったのでここに投稿します。
「生きる」ということは
今日は、「生きる」ということは一体どういうことなのか。「人間として生きる」ということはどういうことなのか。それを少し考えて欲しくて書きました。
ちょうど1年前の今日は、日曜日でした。その日、一人の男が事故で亡くなりました。もしも生きていれば高校3年生になっていたはずです。僕の教え子の一人でした。教師という仕事をしていると、いつかこういうことがあるかも知れないとは思っていました。しかし、実際に目の前に突きつけられると、本当に悲しいものです。もう、二度とこんな悲しみは味わいたくないものだと思います。ですから教え子たちには「僕よりも先に死ぬな」と心の底から思うのです。
「人間として」生きる
そういったことを考えれば、今、君たちは「生きて」います。呼吸をし、ご飯を食べ、歩いたり走ったりも出来ています。確かに君たちは生きています。
そのことは、とても大事なことであり、価値のあるものです。けれども、僕はそれだけではなく、より価値のあるものにすることを君たちに要求したいのです。呼吸したり、ご飯を食べたりといった生物学的な「生きる」ではなく「人間として生きる」ことをして欲しいのです。
毎日をただ過ごすだけでは「人間として」生きるということにはなりません。そこには「成長」がないからです。「人間として生きる」ためには成長しなければなりません。より完成された人間を目指して。
そして、成長するためにいろんな人と話したり、一緒に何かをしたりして、笑ったり、泣いたり、怒ったり、そういった経験を数多く積まなければなりません。そのために学校があり、クラスがあるのです。君たちは、自分自身のためにもクラスを大切にしなければなりません。
もうひとつ、大切にするべきことがあります。毎日の反省です。反省をすることによって、経験がより生きてくるからです。