命はつながっている

ある交通事故

 今から何年も前の話です。卒業生が交通事故を起こしたという連絡がありました。早朝にバイクで走行中、停車していた大型車に追突してしまい、救急車で運ばれすぐに入院したと言うことでした。意識はしっかりしていて駆けつけた人とも会話ができるということで、少し安心をしました。
 彼は、中学校で体育の先生にラグビーの楽しさを教えてもらって、体格も良かったこともあって、もっとラグビーを続けたいと思っていました。だけど、進学した高校にラグビー部がなかったので、それなら俺が作ってやると言って本当に作ってしまったという、すごいパワーのある男でした。最初の年は部活の予算もあまりもらえないので、捨てるようなボロボロのボールでもいいから分けてもらうために、ラグビー部のあるあちらこちらの学校をまわったりもしていました。
 頑張っていたのは部活だけではありません。部活動のせいで成績が落ちたと言われるのは腹が立つからと、練習で疲れていても勉強はきちんとやっていました。経済的な親の負担を少しでも軽くするために、朝早くからアルバイトをするという優しさも持っていました。事故は、そのアルバイトの帰りについ居眠り運転をしてしまったことが原因なのでした。

初めての・・・

 夕方、容態が急変しました。朝には笑いながら「失敗してしもた」と言っていたのに、急に気分が悪くなったと言い出して意識がなくなりそのまま・・・ 僕にとって教え子の初めての死でした。
 次の日の夜、お通夜がありました。高校の友だちも中学校での友だちも、大勢集まりました。中学校時代の友だちが集まっているところは、まるで同窓会です。でも、そこには笑顔はありません。話すことばも少なく、うつむいている人もいれば、泣いている人もいます。とても暗くて、悲しくて、さびしい同窓会です。あの風景は忘れることはできません。
 彼が生きているときに彼と何らかのつながりを持っていた人は、みんなとても深く悲しみました。つながりがなければ、こんな気持ちにならなかったはずです。だからといって、誰ともつながりを持たずに生きることもできません。生きるってことは、人とつながることなんですね。命はつながっているんです。
 先週、僕はみんなに言いましたね。僕は君たちよりも長く生きているから、僕よりも長生きをするようにと。それは、あとに残された者の悲しみを知っているから、もう二度とあんな風景は見たくないから、出たことばです。僕の本心です。もしかしたら、僕のわがままです。

先日のニュース

 先日、中学生が転落したニュースがありました。友人たちと一緒にいて、手すりに腰掛けていてバランスを崩したようです。そばにいた友人の中には、注意をした人もいたようですが、事故は防げませんでした。
 僕は、そばにいた友人たちの心を心配しています。「もっと強く注意していたら」とか「僕たちのせいで」などと、きっと考えていると思うのです。そして深く傷ついていると思うのです。スクールカウンセラーなどの手によって充分なケアがされるであろうと想像できるから少しは安心なんですが、自分の行動が場合によっては周囲の人たちの心を深く傷つけることがあるということを、その男の子が理解していたら、こんな心配をしなくて済んだかもしれません。

 新しいクラスがスタートして、新しいつながりも増えてきました。人間はつながりを持たなければ生きていけないのですから、新しいつながりをどんどん広げていくことはとても大切です。もうすぐ席替えもするし、宿泊行事もあります。いろんな機会を利用してつながりを広げたり、つながりを深めたりして欲しいと思います。
 同時に自分の行動が周囲の人たちにどんな影響を与えるのかも考えて欲しいし、時には自分の行動を振り返って欲しいと思います。そして、できるなら周囲の人たちに大きな悲しみを背負わせないようにしてほしいと、強く願っています。

 教え子の命日に思ったことを書いてみました。