そうじをさぼる姿がどう見えるか
想像力をはたらかせてください
先週の金曜日の終礼で、掃除をさぼることについて注意しました。もう少し、話をしたいと思います。
掃除をさぼる人に良くあるパターンに、同じ班の人が注意しても掃除をする様子は見せない。ところが、担任が教室に行くと急に掃除をやっていたフリをする、というものがあります。
さて、みなさん、ここでちょっと想像力をはたらかせてください。
掃除をさぼっている姿が、周りの人たちからどう見えるか。 同じクラスの人から注意 されても無視している姿がどう見えるか。 そして、先生が来たとたん、あわてて掃除をしているフリをする姿がどう見えるか。
非常に恥ずかしい姿だと思いませんか? 周りにいる人は何も言わないかもしれません。でも、少なくとも何かを感じていることだけは確かです。そして、その感じた何かは決して良いものではありません。わかりますよね?
正義が勝つクラスに
たかが掃除をさぼったぐらいでと、考える人がいるかもしれません。それは大間違いです。周りの人にイヤな気持ちを起こさせ、クラスの中にイヤな雰囲気を撒き散らす。それが掃除さぼりの罪です。まじめに頑張ろうと考えている人のやる気を壊すことにつながるのです。放っておいたら、正義が負けるクラスになってしまうんです。そんなクラスでは落ち着いて勉強できないし、進路についてじっくり考えるなんてできません。そんなクラスでいいですか?
僕は担任として、まじめに頑張ろうとする人を守ります。また、正義が勝つクラスは、クラス全員にとってプラスになります。だから、掃除をさぼるとか、係の仕事をいい加減にするとか、そういったことを簡単に許しません。しっかりと覚えておいてください。
集団の相互作用
もうひとつ、掃除さぼりを許すわけには行かない理由があります。普通、掃除をさぼるような行動は一人ではしません。何人か一緒に行動するものです。これは、何かをするとき、自信がないとか、後ろめたい気持ちがあると自然に周りの人を見ようとする心理が働くからです。自分がやろうとしていることに同調するなどして、心理的に強化してくれる存在を探すのです。
もしも、自分の気持ちを強化してくれる人がいたら、自信を持って行動出来ます。逆に強化してくれる人がいなかったら、行動にブレーキがかかります。このように、人は集団の中でお互いに強化したり、ブレーキをかけたりという形で影響を与えあっています。これを「集団の相互作用」といいます。
宿泊行事や総合学習などで班を中心に活動することが多いのは、安全上の理由もありますが、集団の相互作用に期待したいという理由もあるんです。良い方向に相互作用が働けば、その集団のメンバーは自信を持って行動することができるし、同じ体験をしてもより深く学ぶことにつながるからです。
ところが、一緒になって掃除をさぼるのは、良くない方向に相互作用している状態にあることを示しています。そのような、嫌なことや面倒なことから逃げるような姿勢を、お互いに強化しあう相互作用は早くなくすべきです。そうしないと今後、進路を選択するときや勉強を頑張らなくてはいけない時でも、逃げだそうとすることにつながりかねません。少し不安になっても、お互いに強化しあう相手がいたら安心できるわけですから、「まだ頑張らなくても大丈夫だよな?」なんて確認し、マイナス方向に強化しあいながらどんどん進んでいくことになるかもしれないのです。実際、過去にそういう生徒を見たことがあります。
だから、掃除さぼりを許さないことは、掃除をさぼろうとする人のためにも大事なことなんです。まじめに頑張ろうと考えている人たちは、ぜひ、その気持ちを大切にして下さい。クラスの人たちのためにも、そして自分自身のためにも。